体内にあるマグネシウム量
食品中のマグネシウムといえば、豆腐のにがり(凝固剤)に使われる塩化マグネシウムを思い浮かべる人も多いと思う。マグネシウムは、無機質の中で5番目に必要量の多い栄養素にあげられている。成人体内中に含まれるマグネシウム量は約25gで、骨に52.9~60%、筋肉に20~30%、赤血球に0.4~0.5%、血清に0.3%とその多くが骨に含まれている。
マグネシウムの働き
マグネシウムは、多くの酵素が働くときに必要となるイオンであり、特に高エネルギーリン酸結合を持ったATPの関与する代謝過程で重要な役割を担っている。たとえば、グルコース(ブドウ糖)は、ATP-Mg複合体を用いてリン酸化された後、ATP産生に向かって代謝される。また、代謝過程で必要なエネルギーの多くはATPがADPとリン酸に分解される時に生じるエネルギーが使われるが、その分解反応を触媒するのが酵素ATPアーゼである。細胞膜などの膜をとおして濃度の薄い側から濃い側へ栄養素等を移動させるにはエネルギーが必要であるが、その時に働くATPアーゼはATP-Mg複合体しか用いることができない。このようにマグネシウムはATPの形成、ATPからのエネルギーの供給の際に必須な元素である。
マグネシウムの摂取状況
私たちはこの大切なマグネシウムをどの程度食べているだろうか。国民健康・栄養調査によると、マグネシウムの摂取量は一日238mgで、2011年から2017年の間でほとんど変わっていない。これに対して、食事摂取基準では最も必要量の多い30代、40代で男性は370mg、女性は290mgの摂取が奨められている。この推奨量に比べると摂取量がかなり少ないので、マグネシウム欠乏が懸念されるように感じる。
食事摂取基準(2015年版)策定検討会報告書には。マグネシウムが欠乏すると低マグネシウム血症となり、吐き気、嘔吐、眠気、脱力感、筋肉の痙攣、ふるえが症状として現れるとある。しかし、この報告書は、日本におけるマグネシウム摂取不足による欠乏症については触れていない。マグネシウム摂取が少なくても、骨からマグネシウムを供給して各組織の機能を維持するとともに、腎臓でのマグネシウムの再吸収を高めて排泄を減らすことによって、摂取不足に適応しているのかもしれない。あるいは、マグネシウムはすべての組織で重要な働きをする栄養素なので、臨床症状をマグネシウム欠乏として捉えるのが難しいのかもしれない。
マグネシウム不足と心疾患
欧米における調査では飲料水中のマグネシウム濃度が低いと心疾患が多いことが報告されている。心疾患の危険因子である高血圧にマグネシウムは関係しているのだろうか。血管平滑筋細胞内のカルシウム濃度が上昇すると平滑筋、つまり血管が収縮して血圧が上がる。一方、マグネシウムはATPのエネルギーを使って平滑筋細胞内のカルシウム濃度を下げ、血圧を下げる方向に働く。マグネシウム欠乏は、この仕組みで血圧を上昇させて心疾患のリスクを増すと考えられている。さらに、ヨーロッパ諸国では食事からのCa/Mg比が低いほど心疾患が少ないので、マグネシウムの不足だけでなくカルシウムの相対的過剰も考慮しなければならない。
マグネシウム摂取の多い食品は?
国民健康・栄養調査結果をみると、図に示すように最もマグネシウム摂取量の多い食品群は穀類で、野菜類、豆類、魚介類の順となっている。
食品成分表から比較的よく食べられる食品のマグネシウムとカルシウムの量を下表に示した。マグネシウムが抜きん出て多い食品群は海藻類であるが、マグネシウムの摂取量でみるとそれほど多くない。これは、海藻類は食べる量も回数も少ない上、水分の少ない乾物当たりの量で表されているからである。一方、マグネシウムは多くないが、穀類は食べる量と回数が多いので、マグネシウムの重要な供給源となっている。カルシウムとのバランスを加味してみると、穀類ではそばがマグネシウム摂取に最も適している。野菜や果物は、マグネシウムの比較的多いほうれん草等を除けば、それほど多くない。
豆類、種実(ナッツ)類は、マグネシウムの多い食品である。特に、豆腐、納豆などのだいず加工品はマグネシウム供給源として優れ、木綿豆腐なら1丁で前述の食事摂取基準(推奨量)のマグネシウムをまかなうことができる。重要な食品となっている。同じ豆腐でも木綿豆腐は絹ごし豆腐よりマグネシウムが多い。豆腐の凝固剤として使われる塩化マグネシウムは、なめらかな舌触りの豆腐を作るのが難しく、にがりと呼ばれるよう苦味がある。そのため、絹ごし豆腐はなめらかな舌触りが要求され、豆乳を凝固させるときに水抜きをしないので、他の凝固剤(硫酸カルシウムやグルコノデルタラクトン)が多く使われている。このような製造法の違いが、塩化マグネシウムが多く使われている木綿豆腐にくらべて絹ごし豆腐にマグネシウムが少ない理由である。
魚介類は肉類よりマグネシウム量がやや多いので、魚介類からのマグネシウム摂取量が肉類より多くなっている。
マグネシウムももっと摂取しよう
上述のように、日本ではマグネシウムの摂取が食事摂取基準の推奨量に達していないので、マグネシウム不足が懸念される。ところがカルシウムの摂取量も少ないので、摂取するCa/Mg比が心疾患のリスクの低い水準にある。日本ではカルシウム不足の方が栄養問題になっているため、カルシウムの摂取を増やすことが勧められている。同時に、マグネシウムの摂取も増やす必要があることを忘れてはならない。
カルシウムの摂取には牛乳やチーズ等の乳製品が適している。しかし、乳製品はカルシウムに比べてマグネシウムが著しく少ない。カルシウム栄養の改善のために乳製品を食べる時には、マグネシウムが多く、Ca/Mg比の低い豆腐や納豆などのだいず加工食品や海藻類も一緒に食べることが必要である。
参考書等
糸川嘉則、齊藤昇編著『マグネシウム 成人病との関係』(1995)
上代淑人監訳『ハーパー・生化学』(2001)
厚生労働省『「日本人の食事摂取基準(2015)」作成検討会報告書』(2014)
厚生労働省『国民健康・栄養調査』(2011~2017)
文部科学省『日本食品標準成分表2015年版(七訂)』
馬路 泰藏
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