ナトリウム(Na)~疎まれる塩(塩化ナトリウム)

食塩摂取と高血圧

月に一度、かかりつけ医の診察を受けると必ず「塩分は控えめに、薄味にして下さい」と言われる。食塩すなわち塩化ナトリウムの過剰摂取と高血圧との関係は、食塩摂取の多い国で高血圧の人が多いこと等早くから知られていた。さらに、食塩のナトリウムをカリウムに置き換えると血圧を上げないので、食塩の作用は主にナトリウムによるものである。
食塩を過剰摂取すると、腎臓から過剰のナトリウムを排泄できなければ、増加したナトリウムによって血液の浸透圧が高くなる。この高くなってしまった浸透圧を元に戻そうと血液中の水分が増えるため、体内を循環する血液量が増加する。その結果、末梢血管への抵抗が高くなり、血圧を上げてしまうと言われている。高血圧は食塩の過剰摂取に対する適応状態と見ることもできる。ところが、高血圧は血管を傷付け、脳血管疾患と心疾患のリスクを増すので、防がなければならない。

 

食塩摂取と脳血管疾患

脳血管疾患は、くも膜下出血、脳内出血、脳梗塞を合わせた疾患で、昔は脳卒中と呼ばれていた病気である。1960年代の日本は、脳血管疾患で亡くなる人が際だって多く、その死亡率は心疾患と癌(悪性新生物)のほぼ2倍であった。当時は秋田県など食塩摂取量の多い県で脳血管疾患の死亡率が高かったことから食塩が高血圧を引き起こし、脳血管疾患につながる食事要因になっていると推定されていた。

しかし、実験動物を使って高血圧や脳血管疾患などの生活習慣病を発症させることができず、病気の食事要因を実験的に調べることが難しかった。家森幸男は、遺伝的に高血圧になって脳血管疾患を発症するラット(SHR-SPラット)を開発することによって、食塩の摂取が脳血管疾患の発症を高めることを立証した。さらに、脳血管疾患はたんぱく質を多く食べさせると食塩を与えても発症しないこと、脂肪を多く食べさせると発症しにくいことを見つけた。
日本の脳血管疾患の死亡率は1970年から1990年の間に急速に減少し、その後も減少し続けて今では癌と心疾患より少なくなっている。日本人の平均食塩摂取量は、調査が始まった1972年14.5gから徐々に減少し、1990年12.5gになっている。しかし、血圧が明らかに下がる食塩摂取量は6g以下とされており、この程度の食塩摂取量の減少では脳血管疾患の急速な死亡率減少を説明するのは難しい。たんぱく質を多く食べることが脳血管疾患の発症を抑えるという動物実験の結果を考え合わせると、1960年から始まった高度経済成長に伴う栄養状態の改善が脳血管疾患を減らしたと考えるほうがよいと思う。

 

食塩摂取を減らすには?

食塩の摂取を減らすことは、なかなか難しい。高血圧の人が正常血圧の人より濃い塩味を好むという調査は多い。子どもの頃から濃い塩味のものを食べ続けた結果、濃い塩味を好むようになって高血圧が引き起こされた、とよく説明される。木村修一は、SHR-SPラットが普通のラットより濃い濃度の食塩水を好んで飲むことを明らかにした。この結果から、高血圧患者の塩味の好みが遺伝によって作られる場合もあるように思う。

当たり前のことだが、食塩の摂取量は食べた物の食塩濃度と食べた量の積である。だから、薄味の食べ物でも炊き込みご飯や寿司、パンのようにたくさん食べれば、食塩摂取量は多くなる。反対に、醤油は食塩濃度が高いけれど刺身にちょっとつけるだけなら、食塩摂取はそれほど多くならない。濃い塩味を好む人でなくても、いつもより薄味の料理はおいしいとは思わないだろう。おいしくない食事では減塩を続けることは難しい。徐々に薄味に慣れることは必要だが、塩味のコントラストを利用して摂取を減らすことも考えてみたい。
加工食品は自分で味付けを加減できない。加工食品の包装には原材料表示とともに栄養表示があって食塩相当量が記載されている。写真の表示を見て、から揚げ粉にも食塩が含まれることを思いがけず知ることになった。加工食品を買うときには、値段だけでなく栄養表示にも目を向けて減塩に役立てたいものである。

食塩摂取量を知る手がかり 栄養表示

 

参考書等
菊池亮也、佐々木直亮『食塩と健康』(1980)
藤沢良知『健康・栄養データハンドブック』(1995)
足立己幸、木村修一『食塩』(1981)
厚生労働省『「日本人の食事摂取基準(2015)」作成検討かい報告書』(2014)

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馬路 泰藏

現職時には、主に動物実験による栄養学研究、食生活に関する調査研究に携わり、今も食生活のあり方について関心を持っている。著書に『ミルクを食べる 肉を食べる』、『床下からみた白川郷』(風媒社)『食生活論』(有斐閣)等。趣味はテニス、写真撮影。