元素記号Sr、原子番号38の元素、ストロンチウム。スコットランドのストロンチアン地方で採れた鉱石に名前が由来する。ストロンチウムはアルカリ土類元素のひとつであり、周期表ではカルシウムCaの下に位置する。
自然界の存在量はカルシウムに比べると圧倒的に少ない。天然には、石灰岩CaCO3や石膏CaSO4中のカルシウムの一部にストロンチウムが置換した形で存在することが多い。ストロンチウムを主成分とする鉱石にはストロンチアナイトSrCO3や天青石SrSO4などがある。
ストロンチウムはカルシウムとイオン半径が近く、天然石だけでなく生体内の骨成分中のカルシウムとも置換する。
ストロンチウムは花火の赤(紅)色(写真参照)を出す定番の元素である。その赤い発色は非常信号用の発煙筒にも使われる。以前、テレビやパソコンモニターがブラウン管の時代にはブラウン管用チューブガラスの添加剤としてストロンチウムはたくさん使われていた。ガラスへのストロンチウム添加によって高温での粘度低下、溶融性向上などが期待できる。ストロンチウムは太陽光発電用ガラスの添加剤、フェライト磁石、工業用、医学・生物学研究用のβ線源としても利用されている。また、ストロンチウム化合物が酸素、窒素、二酸化炭素、一酸化炭素、水素等の気体を吸着する特性を利用して、真空管等の「ゲッター(真空度を保つための部品)材料」として管内に残留するガスの除去にも用いられている。
実験1 海水中のストロンチウムの放射性同位体、ストロンチウム90の測定方法
ストロンチウムには質量数が84、86、87、88の4種類の安定同位体と、質量数が89、90、91の3種類の放射性同位体がある。
これらの放射性同位体は、放射性のウランやプルトニウムの核分裂によって人工的に生成される。その中でもストロンチウム90は半減期が約29年と長く、人体や自然界への影響が懸念されている。歴史的には1954年に行われた水爆実験の影響によりマグロ漁船(第五福竜丸)の漁獲したマグロ中にストロンチウム90が検出されたことが有名である。また、アメリカだけでなく他の国も含めた大気圏核実験の影響で日本国内でも1963年には仙台市で月間降下物として、最高値として1平方メートルあたり358ベクレルも観測された。その後、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故により、ベラルーシやウクライナなどの土壌や農畜産物がヨウ素131などと同時にストロンチウム90でも汚染され影響を受けた。日本におけるストロンチウム90濃度も一時増加し、月間降下物量として秋田県で1平方メートルあたり6.1ベクレルを観測した。2011年に福島第一原子力発電所の事故を受け、濃度は低いとはいえ、日本近海の海水や海産物そして、東北や関東地方の農産物中にストロンチウム90が確認された。福島第一原発事故が原因と確認された放射性ストロンチウム90は10都道府県で観測されたが、月間降下物は1平方メートルあたり6ベクレル程度と1960年代に比べて著しく低く、専門家は健康への影響はほぼないとみている。しかし、海産物を含め食品からのストロンチウム90の骨成分への蓄積や、それによる内部被ばくが懸念されることもあり、2011年以降、放射性セシウムと同様に食品や農水畜産物中のストロンチウム90のレベルを調査することが必要とされてきた。
ストロンチウム90は他の放射性同位体と異なりガンマ線を放出せずベータ線のみを放出するため、直接分析が困難である。ガンマ線は放射性同位体固有のエネルギー値があるため検出しやすいのに対し、ベータ線には固有のエネルギー値がない。ストロンチウム90を定量するには、試料中のストロンチウムの同位体を化学的に分離精製して他の元素を取り除く必要がある。そしてストロンチウム90が放射性崩壊をして生成されるイットリウム90(図、参照)のベータ線のエネルギーを測定し、その結果からストロンチウム90の放射能を算出する方法がとられている。海水中のストロンチウム90を測定するための具体的な実験の流れは次のとおりである。
手順1 イオン交換樹脂カラムによる予備濃縮
海水にはカルシウムなど他の成分が含まれているため、ストロンチウムを濃縮させるためにイオン交換樹脂カラムを用いてカラム内にストロンチウムを吸着させる。他のカルシウムなどの成分については溶離液A(酢酸アンモニウム溶液-メタノール)で大半を溶出させて除去し、その後カラムからストロンチウムを塩酸で取り出す。
手順2 炭酸ストロンチウム沈殿の形成と遠心分離
塩酸でカラムから取り出したストロンチウム溶液を水酸化ナトリウムNaOHでpH調整したあと、炭酸ナトリウムNa2CO3を加えて炭酸ストロンチウムを生成させ、遠心分離機で沈殿回収することを繰り返すことでさらに濃縮する。最終的に回収した沈殿は塩酸で再度溶解させる。。
手順3 イオン交換法によるストロンチウムの精製
手順1と2のあとも、まだカルシウムなどの不純物が残存するため、再度イオン交換法によってストロンチウムを吸着させ、そのあとに溶離液A(酢酸アンモニウム溶液-メタノール)でカルシウムなどを除去し、溶離液B(酢酸アンモニウム溶液)を通し、ストロンチウムを溶出させ、ストロンチウムの濃度を上げて精製する。ストロンチウム溶出液は蒸発乾固したのち希硝酸に溶かす。
手順4 スカベンジング操作によるイットリウム90の除去
ストロンチウム90の定量のためには、ストロンチウム90の放射性崩壊によって生成するイットリウム90の放射線を測定する。できるだけ正確に測定するために、試料にすでに含まれていたイットリウム90を除去しておく必要がある。イットリウム除去操作は「スカベンジング操作」と呼ばれる。図のように塩化アンモニウムNH4Clと鉄の粉末を水の中で加熱すると、水酸化鉄とともにイットリウム90を除くことができる。
手順5 ミルキング操作による放射能測定試料の調整と低バックグラウンドベータ線測定器による放射能測定
ストロンチウム90から生成したイットリウム90を水酸化鉄と共に沈殿物として回収するための「ミルキング操作」を行う。最終的にイットリウム90を含む水酸化鉄沈殿がろ紙上にマウントされて放射能測定用試料となる。これを低バックグラウンドベータ線測定器により放射能の測定を行う。
(情報および図面提供:日本分析センター)
実験2 超正確な光格子時計に使われるストロンチウム
時間の基本となる「秒」の定義は、かつて地球の公転周期から来ていたが、それに変わって1967年に「セシウム133の原子が基底状態で91億9263万1770回振動する時間」と定義された。元素セシウムを使った「原子時計」の詳細については生活の中の元素の記事(https://www.kojundo.blog/life/1086/)を参照されたい。
現在、最高性能のセシウム原子時計は、イオントラップ法を使っておりその不確かさは10-16レベルであり極めて精密であるのだが、その安定度を実現するために10日間ほどの時間を要している。
東京大学の香取教授らはセシウム原子時計よりももっと正確な時計として「光格子時計」の理論を2001年に発表した。2003年にはストロンチウムの原子を用いた光格子時計の実験に成功し、18桁の精度の時計の実現を目指した。その成果は2015年にNature Photonics誌で発表された。宇宙の年齢の2倍以上の300億年で1秒も狂わないというレベルの超高精度の時計ということになる。最先端のセシウム原子時計なら6000万年に1秒のレベルなので、それに比べても光格子時計は圧倒的な正確さを持つことがわかる。
アインシュタインが示した一般相対性理論が予測する時間の進み方は、高低差によって生じる重力エネルギーの違いで、「標高の低いところほど時間がゆっくり進む」はずである。これまでこの現象を正確に測る手段が十分でなかったが、18桁の有効数字で時間を読める光格子時計なら、この日常生活に現れる時間の遅れさえ捉えることができるという。
光格子時計では、「魔法波長」とよばれる特別な波長のレーザー光の干渉を使って、原子が1個ずつ納まる光格子(卵のパックのような原子の容れ物のこと)をあらかじめ準備する。絶対零度近くまで冷やされたストロンチウム原子を光格子の中に1つずつ収まるよう調整した上、ストロンチウム原子の固有振動数を計測する。
2020年4月、香取教授らは島津製作所との共同研究によって、可搬型の光格子時計を開発することに成功した。この光格子時計を使って、東京スカイツリーで一般相対性理論を検証することに成功した成果がNature Photonicsに掲載された。
研究グループは、今回開発した可搬型の光格子時計を東京スカイツリーの地上階と展望台の2カ所にそれぞれ置き、それぞれが示す時間の進み方の違いを計測した。その結果、展望台では1日あたり4.26ナノ秒、地上よりも時間が速く進んでいたことがわかった。この時間の進み方の違いから、それぞれの地点の高低差が452.603メートルであることも求められた。実際にそのデータを確認するため、レーザーで高低差を測ると452.596メートルであったため、不確かさはわずか13ミリメートルのみであった。この研究の詳細は、参考文献リストにある論文に掲載されている。可搬型の光格子時計は精密な重力ポテンシャル計であり、今後は高度計としてだけでなく、重力に関する自然現象の観測にも役立つことが期待される。
参考文献
桜井弘、「元素111の新知識(ブルーバックス)」、講談社、1997年
JOGMEC金属資源情報 ストロンチウム Sr 鉱物資源マテリアルフロー 2018年
http://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2019/03/material_flow2018_Sr.pdf
2012年7月24日付け デジタル朝日新聞「福島原発事故由来のストロンチウム、10都県で初確認」
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201207240365.html
排出放射性物質影響調査のホームページ 用語解説ストロンチウム
http://www.aomori-hb.jp/ahb4_5_3_03.html
日本分析センター、海水:ベータ線核種(ストロンチウム90)の分析
https://www.jcac.or.jp/site/faq/method-sea-6.html
高本 将男・香取 秀俊著、『応用に向かうレーザー冷却技術 解説「次世代周波数標準:光格子時計」』光学、p.37巻 7号、p.370-375(2008)
東京大学 UTokyoFOCUS ―時計の概念を巻き直す「光格子時計」正確な時計の先に
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/f_00063.html
Ichiro Ushijima, Masao Takamoto, Manoj Das, Takuya Ohkubo & Hidetoshi Katori, “Cryogenic optical lattice clocks”, Nature Photonics 9, pages185–189 (2015)
Masao Takamoto, Ichiro Ushijima, Noriaki Ohmae, Toshihiro Yahagi, Kensuke Kokado, Hisaaki Shinkai & Hidetoshi Katori, “Test of general relativity by a pair of transportable optical lattice clocks” Nature Photonics 14, pages411–415 (2020)
香取秀俊著、イーサクロック ―どこでも光格子時計― 電子情報通信学会、Vol.100, No.11 (2017)
高純度化学研究所 公式ブログ「超真面目が評価された!?原子時計に選ばれた元素 セシウム」
山﨑 友紀
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