ベンゼンとその構造
皆さんこんにちは。
今日は芳香族の化合物の中で一風変わった構造の分子のお話です。実際にいいにおいかどうかは別として、芳香族と呼ばれる亀の甲で表される一連の重要な有機化合物群があります。ベンゼンという化合物は高校の化学でも習うとおり、炭素原子と水素原子と6個ずつを含み、炭素原子間の距離は全部等しく、正6角形をした分子です。
ベンゼンにメチル基(CH3)が1つ結合し溶剤として使われるトルエンや、カルボキシル基(COOH)が2つ結合してポリエステルの原料となるテレフタール酸などたくさんの芳香族化合物が世の中で使われています。ベンゼン自身は原油にも含まれますが、発がん性があることでも知られています。ベンゼンの構造は図1に示したとおりですが、有機化学の業界では水素は省略して書くことが多く、図1の右側のように書かれます。ベンゼンは真っ平らなことが最大の特徴です。無理やり曲げようとするには大きな力を加える必要があります。
図 1 ベンゼンの分子構造(左) ベンゼンの構造式(中)と簡略な書き方(右)
ヘリセンという化合物
ベンゼンの6角形がつながった構造を持つ様々な化合物も知られています。ベンゼンが2つつながった化合物がナフタレン、3つ曲がってつながった化合物がフェナントレンです。これらはすべて平面状の化合物です(図2)。5つつながった化合物は[5]ヘリセンと呼ばれます。ヘリセンはhelical(らせん状の)という言葉に由来しています。本稿ではこのベンゼンが5つつながった化合物を単にヘリセンと呼ぶことにします。
図2 ベンゼンが結合していった構造の様々な化合物
図3 ヘリセンのねじれ、左巻きと右巻きの2種類
実はヘリセンは図2に示す通りに、水素原子同士がぶつかるために平面にはなれないのです。したがって図3のように螺旋階段の状のねじれた構造をしています。それでヘリセンと呼ばれるのです。本来平面であるべき芳香族化合物がねじれることによって、様々な変わった性質が出てきます。代表的な性質は光の波の振動方向を変える旋光性です(図4)。このような性質を利用することで、ヘリセン類は、触媒や液晶材料などの応用が期待されています。ねじれた構造のヘリセンには右巻きにねじれるものと左巻きにねじれるものの2種類があることに注意して下さい。
図4 旋光のイメージ
超曲がったベンゼン構造を持つ化合物ができた
有機化学者の中で、らせん構造を利用してベンゼンをできるだけねじれさせようという研究が行われてきました。昨年9月に大阪府立大学の神川憲先生を中心とするグループは、図5に示す化合物を合成し、この中心に位置するベンゼン部分が極めて大きくねじれていることを発表されました1。 今回合成された化合物は図5に示すようにベンゼンに3つのヘリセンが結合したような形をしています。しかし図の青い円弧で示したように中心のベンゼン自身が3つのヘリセンの骨格の一部ともなっていて、結局この化合物は6つのヘリセンが合体したような構造になっています。
図5 上川先生らによって合成された化合物。青と赤の円弧はヘリセン構造を示している。
先ほどヘリセンには2種類の構造があるといいました。話が複雑になるのですが、この化合物には6個のヘリセン部分があり、それぞれの部分に2種類の構造が考えられるので、それらの組合せを考慮すると、この化合物には実は20種類の構造が考えられるのだそうです。そのうち彼らの合成法で得られるのは1つだけだそうです2。その化合物の構造を横から見ると図6のようになっていて確かに中心のベンゼンが平面からかなり曲がっていることが分かります。この化合物は黄色い色をしていて旋光性を示します。この研究成果は世界最高にねじれたベンゼン部分をもつ化合物の合成として英国化学会のニュースとしても取りあげられ、注目されました3。
図6 図5の化合物を横から見たときの構造
ちょっと今回は難しかったかもしれませんが、日本人の多くの研究者が今までの常識を破る研究をされていることを紹介したかったのです。それではまた次回お会いしましょう。
[1] Hosokawa, T.; Takahashi, Y.; Matsushima, T.; Watanabe, S.; Kikkawa, S.; Azumaya, I.; Tsurusaki, A.; Kamikawa, K. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139 (51), 18512–18521.
[2] 得られた化合物を加熱すると別の形の構造に変化すると報告されています。
[3] Chemistry World 2017, 14(12), P30.
坪村太郎
最新記事 by 坪村太郎 (全て見る)
- DNAコンピュータが一歩現実に近づいた - 2024年11月4日
- アルミニウムによる水素製造の効率化 - 2024年9月30日
- 共有結合の電子を見る - 2024年9月2日