化学反応の起きる状態
今回は化学反応のお話です。特に固体同士の化学反応が最近話題となっているのでご紹介します。
化学反応とは、分子やイオン同士がぶつかって別の分子やイオンになる現象です。物質は固体、液体、気体の3態に変化しますが、その中で皆さんが最もよく見かける化学反応は液体の中で起こる化学反応でしょう。
図1 液体同士の化学反応
ある液体に別の液体を加えると瞬時に反応が起こって色が変わったりすることを見たことがあるでしょう(図1)。また、気体同士の化学反応もよく起こります。例えば都市ガスがガスコンロで燃える時などです。
固体同士の化学反応
それに対して固体同士の化学反応は余り多くありません。白い粉と白い粉を混ぜ合わせると赤くなるとかいうのはほとんど聞いたことがないでしょう。どうして固体同士の反応は起こりにくいのでしょうか。
分子同士が化学反応を起こすには反応する分子と分子が衝突しなければなりません。液体の中で分子は(溶媒分子に囲まれてはいますが)自由に動いているので、そのうち互いに衝突して化学反応が起こるのです(図 2)。(もちろんぶつかっても反応しないで分かれてしまうこともあります)。
ところが固体は原子や分子やイオンなどの粒子が並んで固まっており、液体や気体と違ってそれらの粒子が自由に動いているわけではありません。そこでもし、固体中の粒子同士が反応しようとしても端にある粒子同士しか反応しないわけです。固体の内部にある大半の粒子は反応しようにもできません。従って固体同士がもし反応するにしても極めてゆっくりでしか反応しないと考えられます(図3)。
恐らく化学者のほとんどは上のような考えをもっていたために、固体同士で化学反応を行わせることを試そうともしてきませんでした。ところが最近いくつかとても面白い例が報告されるようになってきたのです。そのような反応は機械的に混ぜることで反応させることからメカノケミストリーMechanochemistryと呼ばれます(図4)。
メカノケミストリーの例
1つは、北海道大学の加藤昌子先生と小林厚志先生らのグループが報告されている例です。加藤先生らは2016年にヨウ化銅(I)と、リン原子と窒素原子を含むある有機化合物を乳鉢上で混ぜると速やかに反応が進むことを報告されました1。ただしこの場合は2滴アセトニトリルという溶媒を入れる必要があるそうなので完全に固体同士の反応ではありませんが、これを乳棒で混ぜると銅を含む新規化合物が簡単に合成できるというのです。生成する化合物は紫外線を当てると強く発光を示すために、暗いところで紫外線を当てると、反応前は何も見えなかったのに、乳鉢ですりあわせるとすぐに発光性の物質が生成して強い緑色の光が見えてくるという面白い現象が観測されます。
ごく最近カナダの研究者Friščić先生(なんとお読みするのでしょうか?)らが興味深い研究を報告されました2。皆さんは金や白金などの貴金属の化合物を作るときはどうするかご存じでしょうか。従来のやり方では、まず王水などの極めて酸化力の強い液体に貴金属を溶かすことから始めるのです。その後貴金属を含む塩をその溶液から取り出します。王水は濃塩酸と濃硝酸の混合物で極めて危険な薬品で、それを使う反応も反応後の処理も面倒で注意深くやらなければなりません。ところが今回報告された方法では貴金属の粉末と塩化カリウムなどの塩類と、比較的安全な固体の酸化剤を混ぜるだけで望みの貴金属化合物ができるというものです。
たとえば、金の粉末と塩化カリウムとペルオキシ硫酸水素カリウム(KHS2O8、オキソンという商品名で呼ばれる)をボールミルという機械に入れて混ぜ合わせると効率よくテトラクロロ金(Ⅲ)酸カリウム (KAuCl4)という化学式の化合物ができるとのことです。これは様々な金の化合物の原料として用いられる物質です。また白金族の元素のひとつであるパラジウムの化合物は触媒として様々なものが利用されていますが、それらの触媒となる化合物もこのメカノケミストリーの手法で容易に合成できると報告されています。
何事も固定観念で考えてはいけないということを最近よく感じます。皆さまも新しいことに是非チャレンジしてください。それではまた次回お会いしましょう。
参考文献
(1) Kobayashi, A.; Hasegawa, T.; Yoshida, M.; Kato, M. Inorg. Chem. 2016, 55, 1978–1985.
(2) Do, J.-L.; Tan, D.; Friščić, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 1–6.
坪村太郎
最新記事 by 坪村太郎 (全て見る)
- DNAコンピュータが一歩現実に近づいた - 2024年11月4日
- アルミニウムによる水素製造の効率化 - 2024年9月30日
- 共有結合の電子を見る - 2024年9月2日