PFAS等のフッ素化合物を容易に変換する化学反応の発見

PFAS(Perfluoro Alkyl SubstanceまたはPolyfluoro Alkyl Substance、多フッ素含有アルキル化合物)については2021年にもこのブログでご紹介しました。最近は水道水等にPFASが混入していて、我々の健康に害があるのではないかという報道もしばしば耳にします。PFASに限らず、フッ素が結合した有機化合物は、テフロンをはじめ我々の身の回りに多くあり、生活を便利にしてくれている一方、非常に分解しにくい化合物であることから、環境中で長く残る永遠の化学物質Forever Chemicalsなどと言われています。
フッ素と炭素の結合は極めて強く、結合の強さの指標とされる結合エネルギー(数値が大きいほど結合が強い)で見ると、C―H、C-C、C-F結合ではそれぞれ412、348、484 kJ/molとなっていて、ここからもC-F結合の強さが分かります。PFASをはじめとするフッ素化合物をいかに温和な条件で分解あるいは脱フッ素を行うかは、多くの研究者の研究ターゲットとなっていますが、ごく最近2つの研究成果がNature誌に同時に発表されました。それぞれ中国と米国の若い研究者率いる研究グループによる論文で、前者[1]はフッ素化合物からフッ素を含まない小さな有機分子を得る研究で、テフロンも分解出来ることが特徴です。また後者[2]は様々な有機フッ素中のフッ素原子を水素原子に置き換えるという研究で、分子骨格を変えずに水素に置換することが特徴です。いずれの研究も大変興味深いことに、光を吸収する特殊な物質を光触媒として加え、光を当てることでフッ素化合物を反応させる手段を採用しています。

図1 Miyake博士らが今回発見した反応方法。
(左)反応容器に分解したいフッ素含有有機化合物(R-Fnと表す)と、必要な試薬を投入。
(中)紫色LED光(405 nm)を照射し、室温(23℃)で撹拌。
(右)フッ素が脱離した生成物R-Hができる。

 今回は後者の研究について重点的に見てみましょう。コロラド州立大学のGarret Miyake博士らのグループは、図1に示すように、温和な条件下で紫色LEDを用いた光照射によって、有機フッ素化合物のフッ素を水素に変換する反応を見いだしました。彼らは、以前から図2のAに示す非常に複雑な化合物を光触媒として用いて、有機化合物の還元反応を行う研究を発表していたのですが、この光触媒を使えばフッ素化合物も還元してフッ素を取り外すことができるのではないかと考えたそうです。実は以前から光を用いて有機ハロゲン化物を還元する研究は行われていました。有機ハロゲン化物を還元、すなわち電子を与えると、下式のように有機ハロゲン化物が不安定な陰イオンとなり、ハロゲン化物イオンと有機ラジカルに分解されます(1式)。有機ラジカルが別の分子から水素原子を引き抜くと、水素が結合した物質となります(2式)。しかし従来フッ素化合物の変換は困難でした。

R−X + e → [R−X] → R・ + X (1)
R・ + H・ → R−H        (2)

図2 研究[2]に用いられた試薬の構造
光触媒A、フッ化物塩B、アルコールC(tアミルアルコール)は、今回主に紹介した文献2の研究に使われた反応試薬。光触媒Dは文献1の研究に用いられた触媒

 Miyake博士らの開発した方法では、様々なフッ素化合物を変換できることが示されました。図3にはそのごく一部を示しますが、比較的小さな有機フッ素化合物については30近い種類の化合物について、(収率は様々ですが)水素化合物に変換できることが示されました。さらに、フッ素が多数結合した炭素鎖を持つ化合物、すなわちPFASについても検討がなされています。例えば、PFASの中で特に発がん性が知られ,日本でも規制値が設定されているPFOA(ペルフルオロオクタン酸)からも、この反応によってフッ素をすべて水素に変換した化合物が得られることが分かりました。
この光触媒反応がどのようにして進行するかについても、様々な手法を用いて詳しく検討がなされています。まだ未解明の部分もありますが、図4に示すような機構が提案されています。光触媒Aにフッ化物イオンF−とアルコールCが作用し、さらに光のエネルギーを受けて反応性の高い化合物に変換される反応が多段階にわたって起こることで、極めて還元力の高いイオンA’2−*が生成します。これがフッ素化合物を還元するという機構です。特に今回の反応のポイントは光触媒Aが、Fと特別なアルコールCと組み合わされ、さらに光のエネルギーが加わって超絶な還元力を持つ物質になるということです。

図3 本反応の適用例と収率
なお、PFOAの場合は、図に示した化合物以外に、末端右側がメチルエステルとなっている化合物も6%生成した。

図4 本研究で考えられている反応機構(論文に示されている機構を単純化して示した)
光触媒Aに、アルコールCとフッ化物イオンFの組み合わさった試薬が光照射下で複数回の反応をおこすことによって非常に還元力の強い試剤A’2−*となる。これがフッ素含有有機化合物R-Fに作用することによって、Fが脱離し、アルコールや溶媒Sから水素原子が供給され、フッ素の代わりに水素が結合した化合物R-Hとなる。反応後A’2−*は還元力を失うが、再度光とFとCの働きで再生され、繰り返し反応が進行する。

 有機ハロゲン化合物の変換反応はハロゲン(原子番号はF < Cl < Br < I)の原子番号が小さいほど難しいことが知られています。C−Fを光触媒で還元することはほとんど不可能に思われてきましたが、新たな光触媒の開発でそのような反応が可能になりました。特に貴金属を使わない有機光触媒の利用でこのようなことができるという成果には、科学の進歩を感じます。実は文献1の研究でも光触媒Aが用いられていますが、結果は今ひとつでそちらの研究では別の光触媒(図2のD)が主に使われています。従ってAの能力は他の試剤との組み合わせに大きく依存することが分かります。ということは有機光触媒には今後まだまだ様々な可能性があるということですね。さらに世界中で素晴らしい反応が開発され、利用されていくことを願っています。それではまた次回。

 

[1] H. Zhang, JX. Chen, JP. Qu, YB. Kang, Nature 635, 610–617 (2024). https://doi.org/10.1038/s41586-024-08179-1.
[2] X. Liu, A. Sau, A. R. Green, M. V. Popescu, N. F. Pompetti, Y. Li, Y. Zhao, R. S. Paton, N. H. Damrauer, and G. M. Miyake, Nature 637, 601–607 (2025). https://doi.org/10.1038/s41586-024-08327-7.

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。