DNAコンピュータが一歩現実に近づいた

DNAはご存じの通り4つの核酸塩基(A,T,G,C)を使って遺伝情報を蓄え、伝達する物質です。DNAは二重らせん構造になっており、その間をA-T、G-Cの核酸塩基対がつないでいます。この塩基対の順番が遺伝情報となります。ヒトの遺伝情報は30億塩基対あるそうで、これが細胞の核に納められているのですから、非常に高い密度でデータが保存されていることになります。
このようなDNAの特性を活かして、記憶素子、さらには演算もできるコンピュータに応用できないかという研究が30年前から行われていました。例えば1994年に米国南カリフォルニア大学のAdlemanはDNAを使ってある種の問題を解くことができる[1]ことを示しました。しかしこれまではDNAから記憶を読み出したり、演算をしたりするとDNA自体を破壊してしまうことが問題でした[2]

図1 (a) 通常のDNAはそれ自体では分解されやすい。
(b) デンドリマーにDNAを吸着させると安定に保存できる。

 ノースカロライナ州立大学のAlbert Keung博士らは、DNAをソフトデンドリマーコロイド(SDC)と呼ばれる特殊な物質に固定することで、DNAを安定に保存し、データを読み出し、演算をさせることに成功しました[3]。デンドリマーというのは樹状の突起のことで、太い幹から枝が分かれ、さらに小枝に分かれていくような構造を持つ物質です(図1)。デンドリマーは分岐を増やすと非常に大きな分子となり、溶液中に分散させるとコロイドになります。今回の研究では、酢酸セルロースを使ったSDCに様々な長さのDNAを吸着させると、DNAが安定に保存されることが分かりました。このデンドリマーは非常に大きな表面積を持つので、理論上は1 mgのSDCに10 テラバイトの情報を蓄えられることができ、しかも低温では非常に長期間情報を保存できる(4℃で半減期が6000年)とのことです。
ではこうしてSDC上のDNAに蓄えられた情報を読み出すにはどうすればよいでしょうか。彼らはこのSDCを磁性粒子に結合させ、これを使って情報の読み出しを行っています。磁性粒子は近年生化学でよく用いられる材料で、磁性体としての性質を利用し、特定の物質の分離などに用いられているものです。研究者たちは、磁性粒子に結合したSDC-DNAを細いチューブ内に流し、磁石でチューブ内に固定しました。ここに、実験室でDNAの情報をRNAに読み出すための試薬を流すと、DNAの情報を写し取ったmRNAが生成してチューブから出てくることが分かりました(図2)。

図2 (a) SDC―DNAに磁性粒子を結合させる様子。
(b) 細いチューブの外側においた磁石により固定化したSDC-DNAに、DNAの情報を読み取る試薬(IVT試薬)を反応させると、DNAの塩基配列に基づく情報を読み取ったRNAが生成する。

 さらにこのSDC―DNAを使って問題を解かせることに成功しました。今回このDNAコンピュータに解かせた問題の1つは、チェスのコマの動きに関係する問題です。チェスには将棋の桂馬と似た動きをするナイトというコマがあります(図3(a))。盤面の左上に相手のナイトがいて、これに取られないように味方のコマ(同じ種類のコマを置くとする)を置く配置を示せという単純な問題です。盤面上の9カ所の場所に順番に番地を定め、そこに自身のコマを置く場合と、置かない場合の塩基配列をきめて、様々なコマの配置をDNAの配列として表します(図3(b)の盤面はDNAでは(e)のようになる)。今回の研究ではすべての配置の組み合わせに相当するDNA(左上の場所を除く8カ所にコマがあるときとないときで2通りあるとすると28=256通りとなる)を用意しました。これらをすべて、SDC上に固定します。そしてIVT試薬を流すとすべての組み合わせのDNA配列に相当するRNAが出てきます。さて、左上のマスにはナイトがおり、6番目または8番目の場所にコマを置くととられてしまいます。そこですべてのRNAのうち、6番目と8番目の場所に相当する部分に「コマあり」を表す塩基配列のDNAの情報を写し取ったRNAを選択すれば、これがナイトに取られるコマの置き方を表すことになります。詳細は省略しますが、特定の塩基配列をもつRNAのみ分解するような操作は現代では簡単に行うことができます。こうして処理を行うと求めたい(つまりナイトの餌食にならない)盤面配置に相当するRNAのみ分断されずに残るのです。これをPCR法[4]で増幅しどの塩基配列が残ったかを調べれば求める答の組み合わせが得られるということになります。実際にこの仕組みで正解が得られることが確認されました。

図3 (a) 3×3マスの盤面の左上にナイトが置かれている。このコマは将棋の桂馬と似て2コマ進んでさらに直角方向に1コマ進む動きをすることができる(ただし桂馬と違って前後左右に移動可能)。盤面の場所を数字で示している。
(b-d) 相手のナイトにとられない位置に自分のコマを置く置き方を示せというのが問題である。6と8の場所にコマを置くととられるので、それ以外に置くことになる。何個置いても良い(0個も可)。解答は全部で64通りあるが、そのうちのいくつかを示した。
(e) bの配列をDNAの情報にしたイメージ。2と7にコマが置かれている情報を示す。
(f) eのDNA配列を読み取ったRNA配列。
(g) fのRNA配列で、コマが置かれていることを示す塩基配列があるとそこでRNAを切断するような操作を行ったあとの状態。

実は私自身DNAがなぜコンピュータの代わりになるのか分からなかったのですが、今回ようやく理解することができました。記憶したい内容や問題をDNA配列に置き換える作業は非常に大変で、すぐに実際に使えるようになるものではないことも分かりますが、何せ遺伝子操作は日進月歩なので、数年後にはさらに実用に近づいているかもかもしれません。量子コンピュータと共に目が離せない分野と言えるでしょう。ではまた次回。

 

[1] L. M. Adleman, Science, 1994, 266, 1021–1024.
[2] Researchers build a rudimentary DNA-based computer, https://cen.acs.org/biological-chemistry/dna/Researchers-build-rudimentary-DNA-based/102/web/2024/09, (accessed September 29, 2024).
[3] K. N. Lin, K. Volkel, C. Cao, P. W. Hook, R. E. Polak, A. S. Clark, A. San Miguel, W. Timp, J. M. Tuck, O. D. Velev and A. J. Keung, Nat. Nanotechnol., 2024, https://doi.org/10.1038/s41565-024-01771-6.
[4] PCR法については、以前の記事「PCR法とその進歩」を参照してください。

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。