新たな生体埋め込み型電池の開発

現在多くの人の体の中に電子機器が埋め込まれ、病気の治療に用いられています。心臓のペース メーカーはよく知られており、現在日本では年間4万人以上の方が新たに利用を始めています[1]。それ以外にも例えばパーキンソン病の患者に対して脳の深部に電気刺激を送る療法や、てんかん発作を減少・軽減するため迷走神経を刺激する装置、さらに埋め込み型の心臓診断機器など、多くの機器が病気の診断や治療に使われています[2]。これらの電子機器を駆動するにはもちろん電源が必要です。近年のペースメーカーはかなり長寿命のものも普及しているということですが、さらに長期間にわたって電力を供給できる電池が求められています。
最近体内のブドウ糖をエネルギー源とする電池が発表されており研究が進められています[3]が、ごく最近それとは別にナトリウムと酸素を使った新たな電池が考案されました。実際にその電池を動物の体に取り付けて電池としての性能や体に対する影響が評価されたという研究が発表された[4]ので、今回はその研究をご紹介いたします。

図1 新たに開発された電池の仕組み。負極(左側)はスポンジ状の銅電極をNaGaSn合金で被覆した構造になっており、有機溶媒の電解液につかっている。正極(右側)は酸素が反応しやすいナノ多孔質金電極となっている。両側の槽の間はナトリウムイオンのみが通過できる膜で仕切られている。

 中国のLiu博士らの研究グループによって考案された電池は原理的には図1のような構造となっています。2つの電解層の間にナトリウムイオン(Na+)を選択的に通過させる膜があり、左右の電解層にはスポンジ状の銅にNaGaSnすなわちガリウム-スズナトリウム合金を被覆して作成した電極と、多孔質の金電極がそれぞれ電極となっています。左の電解層にはナトリウムの塩が溶解した有機溶媒が入っており、右の電解層には生理食塩水があって、そこに酸素O2が溶け込んでいます。左側の電極上では

Na((NaGaSn合金中) → Na+ + e

の反応がおこり、ナトリウムイオンが発生し、電子が生成するため、こちら側が負極となります。発生したナトリウムイオンは中央の膜を通過して右側に移動します。放電が進むと右側の電解槽において、しだいにpHが上昇することから4電子反応が主として起こっていると論文では指摘されており、

O2 + 4e +2H2O → 4OH

のような反応が起こって酸素が消費されていると考えられます。この電池を作製したところ、1.6-2V程度の起電力が安定して得られたということです。

図2 生体内埋め込み用の電池の構造。図1の構造と基本的には同じだが、正極側には体液が浸透し、酸素が供給されるようになっている。全体は生体適合樹脂のL-乳酸、ε-カプロラクトン共重合樹脂で覆われている。

次に生体に埋め込むための電池を作りました。図2のような構成となっていて、原理的には図1の電池と同じですが、生体適合性の合成樹脂であるL-乳酸とε-カプロラクトンの共重合樹脂で回りを覆ってあり、非常に厚さが薄い形状となっています。この樹脂は細孔が空いていて酸素等の分子が透過できるようになっています。ただ、負極側(図2では下側)は念入りに熱処理を行って、体液や酸素が侵入しないように細孔をふさいであるとのことです。これをラットの背中に埋め込んで(図3)、2~4週間後に電池の性能を確かめました。その結果電極1cm2あたり2μAの電流を取り出したときの起電力は1.2-1.3Vであり、安定して2.6μWの電力を供給することができたと著者らは記しています。これは血液によって運ばれてきた酸素が定常的に正極に供給されていることを示しています。またこの起電力は近年報告されているグルコース電池の場合(0.5V―0.9V)よりも高く、直接埋め込み機器を駆動することができます。最近の心臓ペースメーカーは10μW程度の消費電力で動作するものもある[5]とのことなので、この電池を使うと5 cm2程度の面積で足りることになります。

図3 ラットの背中に今回作製した電池を埋め込んだ状態の模式図。

今回の研究では、この電池がラットの健康状態に悪影響を及ぼさないかについても、詳しく調べられています。電池を埋め込まれたラットは4週間後には皮膚の毛も元通りになりました。腎臓や肝臓への影響、炎症反応の有無、血液中の赤血球への影響などが調べられましたが、いずれも異常は見られませんでした。電池の放電に伴ってナトリウムイオンNa+と水酸化物イオンOHが放出されますが、これらのいずれもラットの代謝には影響がなかったという結論も得られました。
今回作製された電池は酸素を1つのエネルギー源としています。今回作られた電池が、細孔を有する材料でできており、その細孔を通じて体液から酸素が供給されるという構造がこの電池を連続的に作動させるための鍵となっています。このような電池が実用化されれば、ますます多くの種類の機器が体内で使われるようになり、私たちの健康増進に役立っていくのかもしれません。それではまた次回。

 

[1] 一般社団法人日本不整脈デバイス工業会の資料。https://www.jadia.or.jp/date/2023_pm.xlsx
[2] 総務省「電波の植込み型医療機器等への影響調査」のパンフレット。https://www.tele.soumu.go.jp/resource/j/ele/medical/r4_appx_1_1.pdf
[3] 例えば P. Simons, S. A. Schenk, M. A. Gysel, L. F. Olbrich, J. L. M. Rupp, Adv. Mater. 2022, 2109075. https://doi.org/10.1002/adma.202109075
[4] Y. Lv, X. Liu, J. Liu, S. Wu, S. Sun, P. Wu, Y. Wang and Y. Ding, Chem, https://doi.org/10.1016/j.chempr.2024.02.012.
[5] C. Moerke, A. Wolff, H. Ince, J. Ortak and A. Öner, Herzschr Elektrophys, 2022, 33, 224–231. https://link.springer.com/article/10.1007/s00399-022-00852-0

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。

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