都市鉱山からの低コスト高効率金回収

都市鉱山という言葉をご存じでしょうか。都市から出る廃棄物(電子機器など)には、金(Au) をはじめとする多くの希少金属が含まれており、そこからリサイクルすることによって、膨大な量の金属資源が得られることから、都会には有用金属が眠っていると言う意味でそのように呼ばれています。金などの希少金属のリサイクルは喫緊の課題です。すでに金や銀のリサイクル率は30%程度にはなっているそうですが、さらにリサイクル率を上げることの必要性と共に、リサイクル過程を安全で環境に優しいやり方とすることが求められています。電子機器には多くの種類の希少金属が用いられているので、それらを効率よく分離することも重要な課題となっています。今回スイスとデンマークの共同研究チームは、酪農廃棄物を利用して効率よく金を取り出す方法を見いだしました[1]。その研究成果をご紹介します。
今回の研究では、酪農廃棄物からエアロゲルというものを作り、これが金を選択的に吸着するということが発見されました。エアロゲルというのは非常に軽い綿飴のような物質で、しかも丈夫な構造となっているものです。ゼリー中の水分をゼリーの体積を保ったまま蒸発させたようなものとイメージすれば良いかもしれません。あるいは非常に堅くてかつ軽いスポンジのようなものを想像してください。そのようなものを作るためには特別な乾燥方法によって水分を蒸発させることがしばしば行われています[2]。一般に軽くて丈夫で、優れた断熱特性を持つものがよく知られているそうです。今回の研究ではホエイパウダーからエアロゲルが作られています。ホエイとは牛乳からチーズなどを製造する際にできる上澄みのことで、それを乾燥させたものがホエイパウダーです。ホエイはタンパク質が豊富で栄養的に優れた食品でありながら、多くの量が廃棄されているとのことです。

図1 酪農製品廃棄物からのエアロゲルの作製と、それを用いた都市鉱山からの金回収の概念図。

 ホエイからのエアロゲルの作り方を図1 に簡単に示しました。ホエイパウダーを水に加え、塩酸を加えて処理することで、タンパク質が変性し、繊維状の構造物となります。そこに架橋剤としてのブタンテトラカルボン酸と、触媒としてのホスフィン酸ナトリウムを加え、−20℃に冷却した後にフリーズドライ製法により乾燥させます。これを175℃で加熱することで、タンパク質分子が架橋されて、網の目状のエアロゲルができあがります。
このエアロゲルにはどのような金属イオンが吸着するかを調べました。その結果、多くの遷移金属(鉄、クロム、ニッケル、銅、亜鉛など)のイオンに比べて、金イオンが非常に多く吸着されることが分かりました。金は溶液中の90%以上が吸着され、ほかの金属では最大でも溶液中の10%未満しかエアロゲルに吸着しなかったのです。様々な金属イオンが同時に溶けている溶液からも、金だけが選択的にエアロゲルに吸着されることが分かりました。金が吸着したエアロゲルは500-1000℃に加熱することで、純度の高い(>90%)の金が回収されることが分かりました。
ではどうして金だけがエアロゲルに吸着されたのでしょうか。吸着過程のpHに秘密があるようです。電子機器廃棄物から金属を溶かし出す際は王水を用い、pH2以下の強酸性条件で処理を行います。すると、多くの金属イオンは陽イオンとなって溶解するのですが、金だけは[AuCl4]の組成の陰イオンとなっています。今回のエアロゲルはホエイタンパク質から作られ、王水溶液中でも構造がこわれないのですが、正電荷を有しているということも特徴となっています。従って、金を含む陰イオンがそのエアロゲルに選択的に吸着されるというわけです。
今回の研究からは、廃棄物を使って廃棄物から希少金属をリサイクルするという興味深い結果が得られました。酪農の廃棄物を使って金を回収するということもとても意外な組み合わせですね。このような成果が地球環境の保全に役立つことを大いに期待しています。ではまた次回。

 

[1] M. Peydayesh, E. Boschi, F. Donat and R. Mezzenga, Adv. Mater., 2023, 2310642.
[2] Wikipedia、エアロゲル。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%82%B2%E3%83%AB

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。