こんにちは。原稿を書いているのは7月末、毎日猛暑日で参っていますが、夜になると多少は涼しくなるので星を眺めるのもいいですね。さて今日は宇宙の話です。NASAが打ち上げたハッブル宇宙望遠鏡は30年以上にわたり活躍しており、天文学上の大きな成果を上げてきました。その後継としてジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope、JWST)が2021年末に打ち上げられました。本格的な運用はまだ始まったばかりですが、こちらも素晴らしい成果をもたらしてくれているようです。今日はその一つの成果として最近発表された論文の内容を簡単に説明いたしましょう。
本題に入る前に、宇宙望遠鏡についてご紹介します。ハッブル宇宙望遠鏡は1990年にスペースシャトルによって打ち上げられました。円筒形で内部が反射望遠鏡となっていて(図1)、地球から高度約600kmのところを周回しています。修理を繰り返し、当初の予定稼働期間 (15年程度)を大幅に超えて現在(2023年8月)も稼働しています。
図1 (左) ハッブル宇宙望遠鏡。長さは13mで、内部は直径2.4mの主鏡を持つ反射望遠鏡となっている。 (右) ハッブル宇宙望遠鏡の主鏡(銀色)とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡(金色の18枚のミラーからなる)の大きさの比較。(右図はhttps://en.wikipedia.org/wiki/James_Webb_Space_Telescopeより、CC BY-SA 3.0)
さらに遠くの宇宙まで観測するために、JWSTが開発されました(図2)。こちらも反射望遠鏡ですが、ハッブルに比べて非常に大きな主鏡を備えています。主鏡は18枚の鏡から構成されており、各鏡の土台はベリリウムという軽い金属で作られていて、主鏡の面積がハッブル望遠鏡の約7倍もあるにもかかわらず、主鏡の重さはハッブルの半分以下になっているそうです。赤外線を観測するために、主鏡には金めっきがなされています。また主鏡はロケットに入りきらないため、打ち上げの際は折りたたまれて打ち上げられ、宇宙で展開されました。微弱な赤外線をとらえるために、太陽、地球などからの熱や光を遮ることが必要で、そのために地球から遠く離れた場所に設置され、さらに望遠鏡や観測機器を大きな5枚重ねの合成繊維製の膜の(地球や太陽から見て)後ろ側に設置しています。
図2 (左) ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)のCG図。金色の主鏡(直径6.5m)がむき出しになっている反射望遠鏡である。下部の銀色の膜は5層になっていて太陽などからの熱や光を遮る役割を担う。(右) JWSTは地球や月からの光を防ぐため、地球から非常に遠い場所に置かれている。
さて本題ですが、宇宙ができ始めて間もない頃の天体の回りで、芳香族炭化水素が発見されたというお話です[1]。宇宙は約138億年前に起こったビッグバンで誕生したとされています。2020年に発見された銀河SPT0418-47は、地球からはきわめて遠方にあり、そこから発せられた光は地球に届くまでに124億年かかると見積もられています。ということは、現在我々が観測しているその銀河の光は、ビッグバン後14億年しかたっていない若い宇宙の光ということになります。ちなみに地球が生まれたのは46億年前とされています。
図3 重力レンズ効果の説明。(上)きわめて遠いところにある天体は小さくしか見えない。 (下)しかし観測したい天体の手前に別の銀河などがあると重力レンズ効果によって大きく見える。視野の中央の青い丸は手前の天体で、周りの赤い部分が奥の天体である。
こんなに遠いところの銀河を観測することは非常に困難でした。しかしJWSTの素晴らしい性能と「重力レンズ効果」と呼ばれる効果によって、遠方の銀河にどのような物質があるかを調べることができるようになったのです。重力レンズ効果とは図3で説明したとおり、観測したい天体と地球の間に別の天体が位置すると、物理学の原理に基づき光が曲げられ、そのためにあたかも凸レンズを通して天体を拡大して見ているように観測できる効果のことです。今回は手前にある別の銀河のおかげでSPT0418-47が30倍程度拡大されて観測できたそうです。実際にSPT0418-47は図3の右下のようにリング状に観測され、そこから発せられた赤外線を分析すると星間芳香族分子[2]と呼ばれる物質があることが分かりました。このような若い銀河で炭化水素分子が見いだされたこと、また、その銀河の中で星が生まれていた場所と、芳香族分子が観測された場所が異なっているということは驚くべき発見であるとしています。別の専門家は、これらの芳香族分子がどうしてできたのかはまだ分からない、しかし宇宙はこれらの分子を作るやり方を既にもっていたのだと述べています[3]。素晴らしい宇宙望遠鏡でこれからも次々と新しい発見がなされていくに違いありません。これまでにJWSTで観測したきれいな写真などはNASAのサイト(https://webb.nasa.gov/)や写真サイト(https://www.flickr.com/photos/nasawebbtelescope/albums/72177720301006030)で見ることができます。それではまた次回。
[1] J. S. Spilker, K. A. Phadke, M. Aravena, M. Archipley, M. B. Bayliss, J. E. Birkin, M. Béthermin, J. Burgoyne, J. Cathey, S. C. Chapman, H. Dahle, A. H. Gonzalez, G. Gururajan, C. C. Hayward, Y. D. Hezaveh, R. Hill, T. A. Hutchison, K. J. Kim, S. Kim, D. Law, R. Legin, M. A. Malkan, D. P. Marrone, E. J. Murphy, D. Narayanan, A. Navarre, G. M. Olivier, J. A. Rich, J. R. Rigby, C. Reuter, J. E. Rhoads, K. Sharon, J. D. T. Smith, M. Solimano, N. Sulzenauer, J. D. Vieira, D. Vizgan, A. Weiß and K. E. Whitaker, Nature, 2023, 618, 708–711.
[2] 六角形のベンゼンがつながったような分子のこと。今回の論文では炭素数が100個くらいまでとされています。
[3] Chem. Eng. News, 2023, June 12, page 4.
坪村太郎
最新記事 by 坪村太郎 (全て見る)
- DNAコンピュータが一歩現実に近づいた - 2024年11月4日
- アルミニウムによる水素製造の効率化 - 2024年9月30日
- 共有結合の電子を見る - 2024年9月2日