DNAの構造発見に関わった女性科学者の実像は?

DNAの二重らせん構造の発見は、20世紀の自然科学における最大の成果と言っても過言ではありません。この発見によってFrancis Crick(1916-2004)とJames Watson(1928-)はMaurice Wilkins(1916-2004)とともにノーベル賞を受賞しました。この発見にはWilkinsのグループの研究者であった女性科学者のRosalind Franklin(1920-1958)の功績が深く関わっていたということはよく知られています。実際彼女は1953年の4月に、有名なWatsonとCrick、さらにWilkinsのDNAの構造に関する2つの論文[1]と並んでDNAの構造に関する論文[2]を発表しています。彼女は誠に残念なことに卵巣がんにより37歳でこの世を去り、ノーベル賞受賞(彼女の死の4年後)には至りませんでした。
DNAは今やよく知られているように、二重らせん構造を持っていて、人間をはじめとする地球上の生物の遺伝情報を伝える物質です。4つの塩基(A、T、G、Cと書かれる)の並びによってタンパク質の構造が決まり、それによって生物がかたち作られると習ったでしょう。(図1)。しかし1953年までその構造は闇の中でした。

図1 DNAの立体構造例(炭素:灰色、赤:酸素、オレンジ:リン、青:窒素、水素は省略)。よく知られているように糖(5角形の部分)をリン酸(PO4)が結合して二重らせん構造となっている。糖には窒素原子を含む核酸塩基(4種のいずれか)が結合し、2つの鎖の間を水素結合(点線で示してある)によってつないでいる。(https://www.rcsb.org/structure/1bnaから得たデータを用いて動画を作成)

 FranklinはX線を使ってDNAの結晶の研究を行っていました。よく言われてきたことは、以下のような物語です。「彼女が当時大学院生であったRaymond Gosling(1926-2015)と共に研究を行った結果、あるX線写真(Photograph 51と呼ばれる)を得たが、彼女のグループはその写真の意味することが分からなかった。しかし、その写真をこっそり見たCambridgeのCrickらは、その写真が二重らせんを意味することを悟り、それを元に論文を発表し、ノーベル賞を受賞した。」Franklinはユダヤ系の女性科学者であり、その研究の過程では多くの苦労があっただろうことは想像できます。その彼女の「気の毒な」物語は、世間の大きな話題となり、後に戯曲となって2015年に米国と英国で上演され,主演のNicole Kidmanは数々の賞を受賞したそうです[3]。さらに2017年には日本語版の劇が日本でも上演されています[4]
しかしこの話は現実とはかなりかけ離れているのかもしれません。Franklinのグループは少なくともある種のDNAサンプルのX線データ結果はらせん構造(しかも複数の鎖を含む)を示していることを認識していました。またそれどころか、ごく最近、Franklinの実像は言われていたこととかなり異なるのではないかということが2人の研究者によって述べられました。英国のMatthew Cobbと米国のNathaniel ComfortはFranklinが所属していたKing’s Collegeに残されていた書類を調べたところ、Franklin のグループはCambridgeのグループと情報交換を行っていて、CrickらがFranklinの持っていたデータを盗んだとかこっそり見たとかいうことはないと結論づけたのでした[5]
CobbとComfortはそれぞれCrickとWatsonの伝記を書く材料とするために英国のCambridge大学のChurchillカレッジにある彼女の資料をくまなく調べたのです。その結果2つのこれまで見過ごされていた文書が発見されました。1つは、DNAの構造に関する論文が出版されてほどない時期に、米国のTime誌の記者であるJoan Bruceが書いた草稿で、そこには「WilkinsとFranklinのグループとWatsonとCrickのグループが独立して研究を行っていたが、2つのグループは連携し、お互いの仕事を確認していた」とありました。この原稿は結局出版されることはありませんでした。
もう一つの文書は、1953年1月(DNAの論文の出版の3ヶ月前)に、King’s Collegeの研究者であったPauline CowanがCrickに宛てた手紙です。ここには、FranklinとGoslingの講演への招待が綴られていたのですが、「講演の内容について、Perutz(Crickの上司)は既にそこで話す以上のことを知っているから来る価値はないと思われるかもしれない」と書かれていたのです。つまりここでも両グループの間には、情報のやりとりがなされていたことを示しています。

図2 C2に属する結晶では、ある軸に沿って180度回転するともとの構造と一致するという性質がある。(左)1本鎖の場合、上に示した構造を黄色の点を通り画面に垂直な軸に沿って180度回すと下のようになり、元の構造とは向きが異なってしまう。(右)しかし2本鎖の場合は、黄色の点を通る軸に沿って180°回すと元と完全に一致する。

 Franklinの研究資金を提供していた団体への報告書では、特に彼女が詳しく研究した結晶がC2と呼ばれる対称性を持っていたことが述べられています。Cobbらは、この結果は、DNAが偶数の糖とリン酸の結合を有していてそれが逆向きに並んでいることを示しており(図2を参照)、この対称性をFranklinが強く認識していたと述べています。この解釈によれば彼女はDNAが1本鎖の単純ならせん構造ではないことを認識していたことになります。さらにこのレポートによれば、彼女はDNAでは塩基の多様な組み合わせが可能であり、これが生物の特異性に関わっていること に気づいていたのです。残念ながらFranklinは、WatsonとCrickが注意を払った二重らせん間の塩基の組み合わせや、その生物における重要性については深く考えなかったと書かれています。
今回発見された情報から、Franklinは決して情報を盗まれたとも思っていないし、また両グループは情報を交換して真実を探求していたということが示唆されたのです。これまで言われてきたこととはかなり実像は違うのかもしれませんね。Franklinは、DNAの研究以降も亡くなるまで、多くの研究成果を残しました。急逝されなければまだまだ素晴らしい業績を上げられたのではないかと思うと本当に残念です。

 

[1] F. Crick and J. Watson, Nature, 1953, 171, 737-738. M. Wilkins, A. Stokes, and H. Wilson. Nature, 1953, 171, 738.
[2] R. Franklin and R. Gosling, Nature, 1953, 171, 740-741.
[3] https://ja.wikipedia.org/wiki/Photograph_51 (閲覧2023年5月31日, 2023)
[4] https://www.umegei.com/photograph51/ (閲覧2023年5月31日, 2023)
Nature誌にコメントとして出版された記事 https://www.nature.com/articles/d41586-023-01313-5, (閲覧2023年5月29日, 2023).この記事の内容は中々分かりにくかったのですが、別にこの記事の著者へのインタビュー記事があってそちらの方が分かりやすいように思います。https://www.sciencenews.org/article/rosalind-franklin-dna-structure-watson-crick (閲覧2023年5月31日, 2023)

The following two tabs change content below.

坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。