サンゴと日焼け止め

最近多くの日焼け止め製品に含まれる成分が、サンゴ礁に悪影響を及ぼすといわれています。実際サンゴに死をもたらすとして、ハワイを始めいくつかの海でそれらの成分が含まれる日焼け止めの使用が禁止される事態となっています。ネット上の多くのサイトにも日焼け止めとサンゴの関係が書かれているのを見つけることができるでしょう。問題となっている成分の1つがオキシベンゾンという化合物(図1)で、日本で現在販売されている多くの化粧品にも含まれています[1]。しかしなぜオキシベンゾンがサンゴに悪影響を及ぼすのかについては分かっていませんでした。この問題に米国の研究者が取り組み、その成果がごく最近学術誌に発表されました[2]

図1 オキシベンゾンの構造

 サンゴは動物ですが、褐虫藻という藻類と共生し、その藻類が光合成を行うことで栄養を得ている種があります。これらの種は成長が早くサンゴ礁を形成します。しかし海水温が上がると藻類が死んでしまい、そうすると褐虫藻の数が減少してサンゴの白化が起こり、サンゴが生育できなくなってしまうのです。研究者たちは、実験に使うのが困難なサンゴの代わりにセイタカイソギンチャクという生物を使って実験を行いました。このイソギンチャク(図2)はサンゴと同様褐虫藻と共生しており、また容易に飼育できるためサンゴの代わりに実験室で用いられることが多いそうです[3]

図2 セイタカイソギンチャクの一種
https://en.wikipedia.org/wiki/Aiptasiaより)

 研究者たちはまず、オキシベンゾンがどのような場合にイソギンチャクに悪影響を及ぼすかを調べました。その結果オキシベンゾンが含まれる海水中で、紫外線を当てたときに致死率が極めて高くなることを見いだしました。オキシベンゾンが光増感剤として働いている可能性が考えられます。光増感剤とは光のエネルギーを吸収してそのエネルギーを利用して別の物質の化学反応を進める作用を持つものです。光増感剤が紫外線を吸収して生体内の重要な物質にエネルギーを渡すことで、その物質が分解されてしまうこともありえます。よく知られている増感剤であるベンゾフェノンという有機物にオキシベンゾンの構造はよく似ています。そこでオキシベンゾンは光増感剤として働き、体内の重要な物質を分解してしまうのではないかと考えられました。しかし今回の実験では波長の短い紫外線(290-370 nm)を当てたときのみイソギンチャクが死に至り、370nmより長い波長の紫外線では影響はないという結果が得られました。オキシベンゾン自体は370nmより長い波長の紫外線も吸収するので、オキシベンゾン自体が光増感剤として働くのではなく、サンゴの中でオキシベンゾンが別の物質に変化し、それが光増感剤として働くのではないかと研究者たちは考えました。

図3 オキシベンゾンから生成する光増感剤の1つあるオキシ-グルコシド。
オキシベンゾンがブドウ糖と結合し、グルコシドと呼ばれる化合物になっている。

様々な物質を調べたところ、イソギンチャク中では図3に示すような、オキシベンゾンが糖類と結合した物質が生成しており、これらは370nmより短い波長の紫外線しか吸収しないこと、またオキシベンゾン自身よりもはるかに強い光増感作用を有することが分かったのです。図3に示したオキシ-グルコシド以外にももっと複雑なオキシベンゾン誘導体が生成して増感剤となっていることが示唆されました。
さらに、イソギンチャクと共生している褐虫藻がいる場合といない場合を比べたところ、共生している場合は共生していない場合に比べて致死率が下がることも分かりました。褐虫藻が、光増感剤となっている物質を排除していることが示唆されます。従って海水温の上昇などの原因でサンゴと共生している褐虫藻が減り、サンゴに白化が生じると、特にオキシベンゾンの影響を受けやすくなることも想像されたのです。
この研究の結果、オキシベンゾン自身ではなく、それがサンゴの体内で変化して生成した物質が光を吸収し、悪さをしていることが分かりました。私たちも日焼け止めを使うときは生態系に悪影響を及ぼさないものを使いたいですね。ではまた次回。

 

[1] 化粧品技術者のためのあるデータベースサイトによれば、オキシベンゾンは国内の855件の製品に含まれるとのことです。なお、本稿でオキシベンゾンと読んでいる物質はそのデータベースのオキシベンゾン-3に相当します。https://www.cosmetic-info.jp/jcln/detail.php?id=541 (2022年7月1日閲覧)
[2] D. Vuckovic, A. I. Tinoco, L. Ling, C. Renicke, J. R. Pringle and W. A. Mitch, Science, 2022, 376, 644–648.
[3] 皆川純、高橋俊一、上野直人、基礎生物学研究所のwebサイト、http://www.nibb.ac.jp/newmodel/aiptasia/ (2022年7月1日閲覧)

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。