希土類元素と結合するタンパク質の利用

希土類元素とは周期表の欄外にある15種類の元素のことですが、通常それらと性質の似ているスカンジウムとイットリウムも含めます(図1)。希土類は電気自動車用のモータとか、レーザー材料とかに使われる重要な元素ですが、産地が限られており、また分離が難しいため高価な材料です。さて、生物が鉄や銅といった金属元素を利用していることはよく知られていますが、以前は希土類元素を利用していることは全く考えられていませんでした。しかし特に今世紀に入ってから、希土類元素を多くの細菌類が利用していることが分かってきました。昨年細菌を用いて希土類を精錬する技術についてご紹介しましたが、それ以外にも近年では希土類と生物に関する様々な研究が行われるようになってきました[1]

図1 元素の周期表 黄色地の元素(La-LuとSc、Y)が希土類

 例えば2012年には岐阜大学の河合啓一先生らは、ある種の細菌が持っている酵素の働きが、希土類の一つであるランタン(La)という元素の濃度によって大きく左右されることを発見しました[2]。また2019年にはLanmodulinと名付けられた希土類を含む酵素の構造も解明されています[3]。このタンパク質の名前は、カルシウムを含むタンパク質であるカルモジュリンをもじってつけられました。
今回はこのようなタンパク質を用いて、希土類の1つであるテルビウムTbを検出する方法について[4]ご紹介します。テルビウムというのはブラウン管式のカラーテレビや一部の蛍光灯に使われている元素で、その化合物はしばしば紫外線を当てると緑色の発光を示します。
Lanmodulinは図2に示す構造のたんぱく質で、分子量が1万2千とタンパク質としては比較的小さなものです。1つのタンパク質分子中に3つの希土類イオンが結合することができます。今回の研究ではこのLanmodulinの構造をわずかに変えたタンパク質を作って、それらを用いて研究を行っています。テルビウム自身は紫外線をあまり吸収しないため、テルビウムを含む化合物に紫外線を当てて発光させるには、紫外線のエネルギーを吸収する部品をテルビウムのそばにおく必要があります。そこで研究者らは、紫外線を吸収できるアミノ酸であるトリプトファンをタンパク質の中に取り込むことを考えました。

図2 希土類含有タンパク質Lanmodulinの推定構造。このタンパク質には3つの希土類原子が含まれており、アニメーションでは黄色で表されていますが見つけられますか?

 研究者らはトリプトファンを導入する部分を何カ所か変えて、数種類のタンパク質を作りました。様々な実験を行った結果、微量のテルビウムが溶けている水溶液にこれらのタンパク質を加えると、緑色発光が観測されることが分かりました。多くのテルビウムを検知する分子は酸性条件ではうまく働かないのに、このタンパク質の場合はpH3.2という酸性条件でも発光が観測されました。また、一連の研究によってタンパク質の中の3カ所のうちの2カ所に特にテルビウムが結合しやすいこと、テルビウムが結合する反応はきわめて早いこと、そしてタンパク質中のテルビウムの周りに水分子が2個結合しているためにその反応が早いと思われることなどが分かりました。これらの結果を基に、論文の著者たちは、鉱山の酸性廃液中に溶けている微量のテルビウムを検知できるかどうかを調べたのです。その結果テルビウム以外の希土類がテルビウムの100倍溶けている溶液においても、また希土類以外の金属が10万倍溶けている溶液でも、3ppbという微量のテルビウムを検知することに成功したのです。たとえば誘導結合プラズマ分析装置という高価な(何千万円もする)装置を用いれば、このくらいの濃度のテルビウムを検知することはできます。しかし今回の研究で著者らは、きわめて簡便に微量のテルビウムの濃度を調べることができるとしています。

図3 テルビウムを含むLanmodulin中にトリプトファンを導入した模式図。トリプトファンが紫外線を吸収し、そのエネルギーをテルビウムに渡すことで、テルビウムが緑色に発光する。

 生物は本当に様々な物質を利用していて、びっくりしますね。今回ご紹介したタンパク質のような生体物質を利用することはまだまだ様々な応用がありそうです。ではまた次回。

 

[1] M. Peplow, Chem. Eng. News, 2022, 100, 22-27. https://cen.acs.org/biological-chemistry/biochemistry/Lanthanide-binding-proteins-lanthanome/100/i5, (accessed April 1, 2022).
[2] T. Nakagawa, R. Mitsui, A. Tani, K. Sasa, S. Tashiro, T. Iwama, T. Hayakawa and K. Kawai, PLOS ONE, 2012, 7, e50480.
[3] E. C. Cook, E. R. Featherston, S. A. Showalter and J. A. Cotruvo, Biochemistry, 2019, 58, 120–125. Lanmodulinタンパク質の構造は以下のサイトで見ることができます。R. P. D. Bank, RCSB PDB – 6MI5, https://www.rcsb.org/structure/6MI5, (accessed April 1, 2022).
[4] E. R. Featherston, E. J. Issertell and J. A. Cotruvo, J. Am. Chem. Soc., 2021, 143, 14287–14299.

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。