PFASと総称される一連の物質による毒性や環境に与える影響が、近年話題となっています。PFAS (perfluoroalkylまたはpolyfluoroalkyl substanceの略)は、炭化水素骨格にフッ素原子を多数含む一連の有機化合物のことで、例えば衣類の撥水加工に使われてきました。図1に示したような化合物が代表例です。これらの化合物が人の健康に与える影響はあまり調べられていませんが、少なくとも一部の化合物では、胎児に対する悪影響や内分泌攪乱作用の可能性が指摘されています1。さらに問題なのはC-F結合は非常に強固で切れにくいため、これらの化合物が”Forever Chemicals (永遠の化学物質)”などとも呼ばれ、自然界で分解しにくいことです。実際には地中で次第に分解していくそうですが、それでも多くの有機化合物に比べれば分解されるまでにははるかに長い時間がかかります。
図1 各種のPFAS。 PFOSとPFOAは特に削減が求められている化合物である。フッ素テロマーアルコールは、図のような化合物の総称であり(複数を表す”s”がついている)、フッ素の結合している炭素数と水素が結合している炭素数が様々なものがある。図はその1例でそれぞれの炭素数が6と2なので6:2 FTOHと書かれる。
最近この物質群に関して世界では大きな動きがあります。PFASが人間や環境に与える影響の可能性について心配されるようになってきたのです。PFASは様々な方面で利用されていますが、その撥水性や膜を形成する能力から化粧品にも使われてきました。特に最近注目されたのが、米国ノートルダム大学の研究者らが最近発表した論文2です。著者らはまず、米国とカナダで市販されている231種の化粧品について、フッ素原子がどのくらい含まれているのかを粒子線励起ガンマ線放出という極めて鋭敏な方法で調べました。その結果半数ほどの製品から0.384μg/cm2以上のフッ素が検出されました。今回化粧品をろ紙に塗りそれを調べているので、単位面積あたりという数字になっています。中央値が高かったのはファンデーションで、またマスカラには特に多い量が検出された製品が含まれていたと報じられています。中でも興味深いことは、特に耐水性とか、落ちにくいと広告されているファンデーションや液体口紅、マスカラなどに多く含まれているという結果が得られたことだと筆者は述べています。
さらにこのテストでフッ素含有量が多かった29の製品について、クロマトグラフという分離手法と質量分析という精密な検出器を組み合わせた分析装置を用いて、53種の代表的なPFASのうちどれが含まれているのかが調べられました。その結果、29個の製品には最低4種、最高13種のPFASが含まれていることが分かったとのことです。29個の製品中で、53種のPFASがどれくらい含まれているかを調べると、最も多い製品では1gあたり、10μg、最も少ない製品で0.022μgのPFASが含まれていたことが分かりました。特に多く見られたのが、6:2 FTOHでした。様々な物質が検出されていますが、これらは製造過程で意図的に入れられたものではなく、別の含フッ素成分が分解してできた可能性なども議論されています。
実は日本でもこのような研究は行われています。京都大学の原田らは、2013年に日本及び韓国で販売されているパーソナルケア商品中のPFCA化合物(図1のPFOAのようなカルボン酸部分を含む化合物)の濃度を調べました3。上で紹介した論文2でも、この研究で測定されたPFCA類の量は、自分たちの結果とほぼ一致していると書かれています。原田らは、検出されたPFCA化合物は、化粧品等で広く使われているリン酸エステル化合物(図2)から生成していると推察しています。
図2 PAP(パーフルオロアルキルリン酸エステル)の例。上はモノエステル、下はジエステル。これら、またはこれらの塩は撥水性,乳化性等の優れた性質のため、食品包装紙、化粧品などに広く使われている。図1で示したPFOSのような毒性はないと認識されている。
化粧品の分野だけでなく、他の多くの製品への利用に関しても、注目が高まっています。実は以前からこれらの物質の問題は指摘されており、特に硫黄を含むPFOSについては、2000年頃から米国を発端に欧州で規制(自主規制を含む)が行われました。日本でも2010年に化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)で指定され、事実上使用ができなくなりました。今年の米国の研究がおそらくきっかけとなって、さらなる論議が進もうとしています。この論文が出版されてすぐに米国議会ではPFOSとPFOAの使用を禁じ、さらに今後他のPFASに規制を広げていく法案が下院を通過しています1。日本でも諸外国の動向を受け、PFOAを規制物質に加えるとのことです4が、驚くのは米国議会の反応の速さです。また多くのグローバルな企業はこの問題について以前から関心を持っており、対処を考えていたようです。
実際マクドナルドはフッ素化合物の使用を既に極力少なくしているそうですが、さらに2025年までに包装材から完全にゼロにすると発表しています5。
化学物質のおかげで私たちの生活は豊かになりました。しかしこれからはその先々までの影響を考えて使っていかなければなりませんね。ではまたお会いしましょう。
1) Chem. & En. News, 2021, 99, 6–7. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/cen-09927-leadcon
2) H. D. Whitehead, M. Venier, Y. Wu, E. Eastman, S. Urbanik, M. L. Diamond, A. Shalin, H. Schwartz-Narbonne, T. A. Bruton, A. Blum, Z. Wang, M. Green, M. Tighe, J. T. Wilkinson, S. McGuinness and G. F. Peaslee, Environ. Sci. Technol. Lett., 2021, 8, 538–544. https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.estlett.1c00240
3) Y. Fujii, K. H. Harada and A. Koizumi, Chemosphere, 2013, 93, 538–544.
4) https://sustainablejapan.jp/2021/01/17/pfas/58068 2021年9月1日閲覧
5) https://corporate.mcdonalds.com/corpmcd/our-purpose-and-impact/our-planet/packaging-and-waste.html/asdf 2021年9月1日閲覧
坪村太郎
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