新しい化学反応の方法 ~力と電気で起こす化学反応

みなさんこんにちは。
以前、2つの物質を反応させるときに乳鉢の中でこすって固体同士を機械的に反応させるメカノケミストリーという手法を紹介しました[1]。今回ご紹介するのは新しいタイプのメカノケミストリーです。

圧電素子というものをご存じでしょうか。図1のように圧電効果(ピエゾ効果ともいう)を示す材料に力を加えるとその表面に+と-の電荷が発生することを利用した素子です。例えば100円ライターはボタンを押すと火花が飛んで着火しますよね。あれは圧電素子をたたいて電圧を発生させ、それによって電気火花を発生させているのです。水晶を始め多くの鉱物や固体材料は圧電効果を示すそうです。中でもチタン酸バリウムBaTiO3は、コンデンサの材料としてよく使われているものですが、圧電効果を示すことでも有名な材料です。

図1 圧電効果(ピエゾ効果)を示す材料に力を加えると、+と-の電気が発生する。100円ライターなどで使われている。

 

北海道大学の伊藤肇先生らのグループは、メカノケミストリーと圧電効果を組み合わせることを考えました[2]。化学反応の中には電子の受け渡しが重要な鍵となっている反応が多くあります。電子のやりとりの反応が酸化還元反応と呼ばれるのでしたね。原料化合物に何らかの方法で電子を渡し、それがきっかけとなって化学反応が始まる例はよく見られるのですが、今回、伊藤先生らは圧電効果を示す粉末を反応させたい物質と混ぜ、機械的に擦り合わせることで電子を渡せないかと考えたのです。

図2 目的とする化学反応。ジアゾニウム塩と呼ばれる化合物に五角形のフランを反応させ、両者が結合した化合物を得る。

 

目的とした反応は図2に示すような化学反応です。今回の化学反応は六角形のベンゼン骨格を持つ分子と五角形のフランと呼ばれる分子を結合させて新しい分子を作るというものです。このような反応は例えば新しい発光材料の原料をつくるためなどに重要なものです。

実際には図3のようなやり方で反応を行いました。ステンレス製の丈夫な容器にチタン酸バリウムの粉末と、2種類の原料の粉末をそれぞれ入れ、さらにステンレス製のボールを入れてフタをします。これを機械にセットして振動させるのです。このような装置をボールミルといい、工業的にもよく用いられています。このような装置で図1に示す化学反応を行い、1時間振動させることで最大約80%の収率で目的物を得ることに成功しました。こんな簡単なことで目的物が得られるのはびっくりですね。ポリ袋に粉末を入れて金槌でたたくことでも生成物ができるそうです。

図3 ①丈夫な容器に反応物質とチタン酸バリウムとボールをセットする。
   ②フタをして機械で振動させる。反応後生成物を溶液に溶かしだしてより分ける。

 

研究者たちは、チタン酸バリウムの代わりに、他の粉末を使った実験も行いました。圧電効果を示さない二酸化チタンや酸化アルミニウムでは全く反応が進行せず、また、他の証拠からも、圧電効果で生成した電子が1つの反応原料である物質に注入され、それがきっかけでラジカルと呼ばれる極めて反応しやすい物質ができ、それがもう1方の原料であるフランと反応したと著者らは結論づけています。著者らが考える反応の機構は図4に示すとおりです。

図4 チタン酸バリウムを用いると,極めて反応し易いラジカルが生成することの説明図。まずチタン酸バリウムBaTiO3がボールミルの中で力を受けて、チタン酸バリウム粒子の表面に+と-の電荷が発生する。すると電子がジアゾニウム塩に移動してラジカルと呼ばれる極めて反応しやすい物質ができる。この図は伊藤先生のご厚意により脚注2(b)より引用させていただきました。

 

研究者たちは類似の原料化合物を使って様々な生成物ができるかどうかも調べた結果、多くの場合良好な収率で生成物ができたそうです。さらに論文ではいくつか別の反応も同じ手法で進行させることができたことが示されています。

今回は日本人研究者の素晴らしいアイデアをご紹介しました。化学反応と聞くと、ガラス器具の中での溶液反応を思い浮かべますが、このような反応もできるということはとても面白いし、将来も楽しみですね。それではまたお会いしましょう。

 

参考資料:
[1] 固体同士の化学:メカノケミストリー https://www.kojundo.blog/news/741/
[2] a) K. Kubota, Y. Pang, A Miura, H. Ito, Science 2019, 366, 1500-1504.  https://science.sciencemag.org/content/366/6472/1500、
b) 北大プレスリリースhttps://www.hokudai.ac.jp/news/20191220_pr.pdf

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坪村太郎

成蹊大学理工学部で無機化学の教育、研究に携わっていました。 低山歩きが趣味ですが、最近あまり行けないのが残念です。