シリコニーを探せ!
第七回も、前回に引き続き原子番号14「ケイ素」のお話です。
図1:アシモフが考えたシリコニーとはこんな感じだろうか?皮膚はシリコンインゴットのような光沢があるのだろうか?(もし違ったら、アシモフさんごめんなさい。)
地球外生命体はいるでしょうか・・・。
人によって賛否は分かれますが、ちょっと議論に熱が入るテーマではないでしょうか。前回、ケイ素は無機物の主役だとお話ししました(前回の話はココをクリック)。実際、ケイ素は地球生命体の必須ミネラルではありますが微量元素で、地球上で鉄(Fe)、酸素(O)に次いで3番目に多い元素だという存在感は、生命体においてはありません。ですから、ケイ素の回なのに生命体なの?と思われた方もいるかもしれません。
一転、SFの世界に目を向けると、ケイ素生物が登場することが結構あります。これには何か理由がありそうです。アメリカの生物学者で作家だったアイザック・アシモフの作品に、「もの言う石」という短編SFがあり、シリコニーという地球外生命体が登場します。岩石の主成分は二酸化ケイ素(SiO2)です。石がものを言う!?というタイトルにある通り、シリコニーは、ケイ素、すなわちシリコンでできている石のような生命体なのです(図1)。
その描写は細かくて、皮膚は油じみて、滑らかで灰色。全体は卵形で、後ろ側のてっぺんに逆円錐形の付属器官が2本。脚は放射状に6本。この脚先で岩石を細かく砕いて、底面にある口から取り込んで消化し、ケイ素を取り出していると書かれています。そして、この生命体は人間の言葉を習得して、石をこすり合わせるような音を立てながら話しをするのです。
シリコニーをめぐる物語は、ぜひ1988年に早川書房から出された『アシモフのミステリ世界』を読んでいただきたいのですが、栄養を摂取する方法まで書かれていると、「ケイ素生物って現実にいてもいいんじゃないかしら?」と思わずにはいられません。
ケイ素は炭素と親戚筋
そもそも、どうして宇宙のどこかにケイ素でできた生命体がいるかもしれないという発想が出てくるのでしょうか。それはケイ素が炭素と同族の元素だからです。そういえば、「同族元素とは同じ縦列に属する元素のことで、似た性質をもつ」と学生時代に習いました。炭素は、地球上の生命体を構成している主要元素です。地球上の生命体は炭素生物だといっていいでしょう。炭素を含む物質は生命体に由来することから、「有機物」と呼ばれ特別扱いされています(例外はありますが)。そうではないものが無機物で、ケイ素は無機物の主役元素です。
地球生命体が主に炭素で構成されるようになった理由は、炭素の結合の手が4本と多くて、いろいろな化合物をつくることができるからです(図2)。私たちの身体をつくっているタンパク質も、遺伝情報を担うDNAも、栄養として摂取する糖や脂質も炭素を中心に構成されています。
図2: CもSiも4つ結合の手をもつので、4つの水素(H)と結合できる。この手の数の多いから、多くの化合物をつくることができる。
ではケイ素はどうかというと、こちらも結合の手を4本もっています。その上、地球上にある量といったら、全元素の中で3番目に多いのです。手に入りやすいという点では、炭素よりもずっと有利な元素です。こう考えると、ますます、どこかにシリコニーがいるかもしれないと思えてきて、ワクワクしてきますね!
ケイ素生物がいない理由
ところが最近、同じく早川書房から出された『スプーンと周期表』を読んで、ケイ素生物が存在しない理由を知りました。生命体は生きている限り、物質の出入りを常に行っています。動物は、必要な炭素源を食べ物として取り入れて、身体をつくる材料やエネルギー源として使い、二酸化炭素(CO2)や排泄物を外に出します。植物は動物のように食べない代わりに、二酸化炭素を吸って身体をつくる物質を得ています。この二酸化炭素が気体であることが、生命体が炭素を出し入れするのに好都合なのだそうです。
ケイ素生物が炭素生物を真似るとすれば、きっと二酸化ケイ素(SiO2)を吸ったり吐いたりするはずです。しかし岩石の主成分である二酸化ケイ素は、硬い物質です。これを呼吸によって取り込むのはできなさそうです。また、炭素を含む栄養分は、体液や血液に溶け込んで身体の隅々にまで運ばれますが、ケイ素ではそれも難しそうです。こうしてケイ素生物が誕生しないだろう理由を知ると、改めて炭素を基本にする生命体は実に良く出来ていると感じさせられます。
それでも有機物の仲間入り!?
もし元素に意識があったら、ケイ素は「炭素のようになりたい」と思うでしょうか。そんなケイ素の気持ちを忖度したのか、人は、ケイ素を有機物に取り込もうとして、炭素とケイ素が直接結合した有機ケイ素化合物をつくりだし、有機ケイ素化学という分野をつくってしまいました。
さらにこの分野の父と言われているフレデリック・キッピング(1863~1949)は、有機物の中の炭素をケイ素で置き換える実験をしました。実験はことごとく失敗だったようですが、その中から、ケイ素(Si)と酸素(O)が交互に結びついたシロキサン結合(-Si-O-Si-)を基本構造としてもち、そこに炭素を含む有機基が結合した合成高分子が誕生しました。これがシリコーンという、自然界には存在しない新しい材料です(図3)。
シリコーンといえば、電子レンジ用調理容器があるので、多くの人がどんなものか知っているでしょう。これ以外に、有機基を変えることで、オイル状、樹脂状、ゴム状と性状を変えられるので、この特徴を活かして実にさまざまな用途に使われています。
図3:シリコーンの構造式とシリコーン製の電子レンジ用容器。Rが炭素を含む有機基
ところで、炭素と水素を中心にできている樹脂(プラスチック)やゴムも、生活のあちこちで使われています(炭素(C)に関する過去ブログ記事はここをクリック)。シリコーンはどことなく、これらに似ているようにも思えます。ただ、シリコーンは、その基本構造が岩石に近く、強いケイ素-酸素の結合になっているので、炭素と水素からできているプラスチックやゴムにない特徴を兼ね備えています。
例えば、熱に強いといった特徴があるから、電子レンジの容器に使われています。ほかには汚れにくい、毒性がない、電気が通らないといった特徴があって、キッチン用品やスポーツウェアや下着、医療用インプラント、自動車用パーツ(例えば、高温になるエンジン周りのパーツ)、エレクトロニクス製品(例えば、電線の皮膜)などに使われています。
ケイ素は無機物の主役ですが、有機物とハイブリッドをつくることで、新たな材料の世界を切り開きました。さまざまな性質をもつ元素によって、この世界は便利であり、面白いのです。ケイ素は、もはや「炭素になりたい」なんて思っていなさそうですね。
参考資料:
『もの言う石』アシモフのミステリ世界、早川書房、1988
『現代ケイ素化学』化学同人、2013
『シリコーン大全』日刊工業新聞社、2016
『シリコンとシリコーンの科学』日刊工業新聞社、2013
『スプーンと元素周期表』早川書房、2015
シリコーン工業会:http://www.siaj.jp/ja/application/index.html
『シリコーンの特性と用途 高い汎用性を誇る多機能素材』(i-maker、2018年5月):https://i-maker.jp/blog/silicone-9443.html
信越シリコーン(2018年5月):https://www.silicone.jp/info/begin4.shtml
池田亜希子
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