ネオン(Ne)とその仲間たち ~実は無欲ではなかった元素~

写真1:貴ガスの真空放電。左からヘリウム(He、原子番号2)、ネオン(Ne、原子番号10)、アルゴン(Ar、原子番号18)、クリプトン(Kr、原子番号36)、キセノン(Xe、原子番号54)。それぞれ個性的な色の光を発する。(画像の出典は下記の参考資料欄を参照ください)

 

華やかなネオンサインで活躍する貴ガスたち

前回に引き続き貴ガスのお話です。貴ガスで一番小さい元素はヘリウム(He)ですが、第十四回ですでに紹介しましたので、今回は原子番号10のネオンからその用途を探っていきましょう。ネオンとは、ネオンサインのネオンです。電極付きのガラス管を真空にしてネオンの気体を封入し、電圧をかけるとガラス管内にグロー放電が起こり、印象的な赤い光を放ちます。寿命が10年以上と長い上に、ネオンサインの赤色は昼間でも目立つので広告に使われるようになったそうです。

今では、ガラス管の中の気体を変えて、いろいろな色のネオンサインがあります。ヘリウムなら黄、アルゴン(Ar)なら赤〜青、水銀(Hg)なら青緑、窒素(N2)なら黄といった具合です。貴ガスでなくても真空放電によって発光するものがありますが、貴ガスはどれも真空放電によってそれぞれ個性のある光を発するので(写真1)、貴ガスがネオンの世界に彩りを与えてきたのは事実です。しかし、そんなネオンサインも最近はLEDに取って代わられ、ガラス管にガスを封入したスタイルのものは減っています。

それにしてもネオンサインとは、いきなり私が貴ガスに対して抱く「仙人のようにおとなしい元素」というイメージ(第十八回)に似つかわしくない、派手な用途ではありませんか?!まぁ見かけは派手でも、ほかの元素と反応したわけではないので、いいことにしましょう。

 

省エネや先端産業分野で活躍中

さて、ネオンサインがLEDに変わってきているというと、貴ガスの用途は先細りなのでしょうか。そんなことはありません。貴ガスは「働かないのが働き」などと言われるように、ほかの元素と反応しないことに利用価値があるのです。例えば、ワインは大気中の酸素と反応します。この酸化を防止して鮮度を保つために、開栓したワインボトルに注入するアルゴンが売られています。また、同様の理由からアルゴンは、溶接の際に部品が空気と触れ酸化しないように保護するガスとして使われています。

白色電球にアルゴンやクリプトン、キセノンが封入されているのも、フィラメントが大気中の酸素と反応することなく長持ちさせるためです。気体を変えるのはその性質が違うからで、例えば、アルゴンよりも重たくて熱伝導率が低いクリプトンやキセノンを使えば、電球から失われる熱を抑え、電球内のフィラメントの温度を高く保つことができます。こうして少ない電力でも電球を明るく輝かせることができるので、省エネにつながります。問題点があるとすれば、クリプトンやキセノンがアルゴンより高価だという点でしょうか。

ネオンは、液晶テレビの画面を背後から照らすバックライトにも封入されています。2008年頃まで、液晶テレビと薄型テレビの覇権争いをしたプラズマテレビで、プラズマを発生させていたのはネオンとキセノンといった貴ガスの混合気体でした。

また、アルゴン、クリプトン、キセノンはいずれもハロゲン(フッ素や塩素など17族の元素)と混ぜられて、エキシマレーザーの媒質になります(図2)。エキシマレーザーとは紫外線を発振するレーザーで、視力回復のためのレーシック手術に使われたり、非常に小さく絞ることができるため、半導体などの微細加工を可能にしたりしています。

貴ガスのアルゴンやクリプトンは通常は化合物をつくりませんが、放電が起こって励起状態(エネルギーの高い状態)になるとハロゲンであるフッ素などと結合します。この結合状態をエキシマ状態といい、これが分離して元の状態に戻るとき、紫外線を出します。これがエキシマレーザーの発振メカニズムです。


図2:エキシマレーザー発振原理(参考資料⑧内の図を元に作成)

そのほか、キセノンは安定で安全だけれどもイオンになりやすい(プラズマになる)という性質から、「はやぶさ」の推進力であるイオンエンジンの燃料や、CTスキャナーで脳の血液循環を見る際の造影剤としての用途もあります。また、麻酔効果が認められており、麻酔薬としても使われることもあるとか。

 

1962年、独りぼっちじゃなくなった貴ガス

ここまで、貴ガスを「ほかの元素と反応しにくい」と紹介してきました。しかしエキシマレーザーを発振するには、ごく短時間ではありますが、貴ガスはハロゲンと結合しています。だから「ほかの元素と反応しない」とは言わないわけですが、今では貴ガスの化合物がいくつも知られています。

貴ガスが、ほかの元素と結合したのを初めて捉えられたのは1962年のことでした。カナダのニール・バートレットが、キセノン(Xe)とフッ化白金(PtF6)を反応させてXe[PtF6]を合成したのです。このことについて、『世界で一番美しい元素図鑑(創元社)』には、「貴ガスにあるまじきふるまい。軽率な行為」と書かれており、貴ガスが期待に反して化合物をつくったことをとても残念がっている人たちがいるように感じられます。

「仙人じゃなくて悪かったわね!!」という貴ガスの声が大気中から聞こえてきそうです。確かに、ちょっと残念な気もしますが、エキシマレーザーなどで貴ガスのこの性質の恩恵を受けているのですから、文句を言ってはいけませんね。

 

【参考資料】
写真1に関する出典元

・Helium :Pslawinskiによる”Image of a helium filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol.” ライセンスは CC BY-SA 2.5

・Neon :Pslawinskiによる”Image of a neon filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol “Ne”. Example of neon lighting. The letter “N” is about 75 cm tall.” ライセンスは CC BY-SA 2.5

・Argon :Pslawinskiによる”Image of an argon filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol.” ライセンスは CC BY-SA 2.5

・Krypton :Pslawinskiによる”Image of a krypton filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol.” ライセンスは CC BY-SA 2.5

・Xenon :Pslawinskiによる”Image of a xenon filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol.” ライセンスは CC BY-SA 2.5

①『元素の事典』朝倉書店、2011年
②『元素発見の歴史3』朝倉書店、1998年
③『元素の発明発見物語』国土社、1985年
④『世界で一番美しい元素図鑑』創元社、2015年
⑤光源Lamp(裳華房mホームページ):https://www.shokabo.co.jp/sp_opt/familiar/lamp/lamp.htm
⑥ネオン Neon -街を彩るネオンサイン(Chem-Station):
https://www.chem-station.com/elements/elements-all/2016/06/neon.html
⑦レアガスの世界(東京ガスケミカル株式会社):http://www.tgc.jp/raregas/index.html
⑧エキシマレーザとは(ギガフォトン株式会社):https://www.gigaphoton.com/ja/technology/laser/what-is-an-excimer-laser
⑨UVレーザー特集 第1回(構造と特徴)(レーザー・コンシェルジェ株式会社):
http://www.laser-concierge.com/feature/feature05.php
⑩はや2くん質問箱 「イオンエンジン」の燃料は、なぜキセノン?:
https://mainichi.jp/articles/20180903/org/00m/040/011000d
⑪プラズマテレビの秘密(川崎市先端科学技術副読本):
http://www.keins.city.kawasaki.jp/content/ksw/1/ksw1_022-027.pdf
*ウェブサイトはいずれも2019年4月現在、イラストはphoto acより。

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池田亜希子

サイテック・コミュニケーションズに勤務。ラジオ勤務の経験を生かして、 現場の空気を伝えられる執筆・放送(科学関連)を目指している。