ヘリウム(He)
パーティグッズとしてヘリウム(He)がよく使われていることはご存じだと思います。Heガスを口から吸入して、発声すると通常より高い声になります。これはHeガス中では音の伝導速度が空気中の約3倍になるからと説明されています。Heは産業でも重要です。非常に軽く、燃えないことから気球などの浮遊ガスとして、真空装置のリークテスト用にも使われています。沸点が -269℃であり超低温を保つことができることから、化学の構造解析用のNMR、医学では臨床診断用のMRIの超伝導磁石の冷却剤、また、不活性ガスであることから、分析化学のガスクロマトグラフィー(GC)のキャリヤーガスとして広く使われています。Heは空気中の約0.0005%を占めますが、工業的生産は天然ガスの採掘と同時に得られます。残念ながら我が国では産出しないので、すべて米国やカタールなど、海外からの輸入です。従来、米国が主な産出国でしたが、シェールガス(地下深くにある頁岩層に含まれる天然ガス)の生産量が増え、従来の天然ガスの採掘が減少したことから、Heの生産も減っています。近年のHeの消費量増加により、需給バランスが崩れ、たいへんなHe不足と価格高騰になっています。私たちの研究室でも、GCのキャリヤーガスとしてHeが入手できなくなることを見越して、早めにH2に切り替える選択をしました。H2は水素発生装置を設置すれば、供給に困りません。ただし、GC/MSの測定条件の変更(感度調整やリテンションタイムの変更)に苦労しました。
図1. 低O2反応曲線:指数関数的 PaO2 鈍感(60以下で急上昇)
低CO2応答曲線:直線的 PaCO2 呼吸刺激作用
VE:呼吸量 PaCO2:血中二酸化炭素濃度 PaO2 : 血中酸素濃度
酸欠ガスの恐怖
パーティグッズ用のHeに酸素(約20%)が含まれていることはご存じでしょうか。これは、この商品が口からHeを吸引することを前提としているからです。酸素を含まない気体を吸入すると窒息になります。いわゆる、酸素欠乏(酸欠)による窒息です。呼吸には2種類あります。外呼吸は空気と血液のガス交換です。空気中から酸素を取り入れ、体内の二酸化炭素を排出します。もう一つは内呼吸(細胞呼吸)です。血液と細胞のガス交換で、このときに細胞内でブドウ糖と酸素を消費して、水、二酸化炭素と多量の生体エネルギー(ATP)を産生します。外呼吸では空気中の酸素を肺から取り入れています。外呼吸はO2を取り入れるだけでなく、CO2を排出するのも重要な役割です。外呼吸は血中のO2分圧とCO2分圧で調節されています。呼吸量(呼吸数)が低下すると、血液中のO2分圧が低下し、同時にCO2分圧は上昇します。それを回復するために、呼吸中枢が刺激され、呼吸量が増えます。血中O2分圧と呼吸量、血中CO2分圧と呼吸量の関係を図1に示します。注目ポイントは呼吸量については、CO2分圧が高くなると直線的に増えますが、O2分圧が低くなると指数関数的に増えることです。CO2分圧は少しでも増加すると呼吸量が増えますが、O2分圧は60Torr以下になって初めて急激に呼吸量が増加します。いいかえると、呼吸量はCO2分圧の増加に敏感で、O2分圧の低下に鈍感です。通常、私たちが感じる息苦しさはCO2が体に貯まっていること(CO2分圧の増加)を感じています。ここに酸欠の恐怖があります。脳は酸欠にたいへん弱い臓器です。正常の空気中の酸素濃度は20.9%ですが、それが15%で呼吸が深くなり、10%で呼吸困難、5%で瞬間的に意識を失います(表1)1, 2)。また、直ちに意識を失わない程度の酸欠状態であっても呼吸量は通常より増加する(過呼吸)ため、CO2の排出が増加し、気分がよくなります(医学的には多幸感といわれます)。このままの状態が続くと、O2分圧のさらなる低下により、意識を失います。つまり、酸欠状態では、息苦しさはなく、CO2分圧が低下するため、かえって多幸感があります。その後、突然意識を失います。酸欠の環境下で意識を失い救出されずに放置されると、確実に死に至ります。
表1. 現場の空気中の酸素濃度と症状
このような酸欠の環境はわりと身の回りにあります。主に、以下のような換気不良が発生しやすい閉鎖空間です。(1)酸素が消費される場合(金属のさびによる酸化、マンホールなどの微生物による酸素消費、など)、(2)酸素以外の気体に置換される場合(工場、ガスタンク、など)、(3)酸素欠乏空気等の噴出や流入等(火山、温泉、など)があります。(1)、(2)は労働災害でもよく遭遇します。例えば、マンホール内の作業中に作業員が倒れ、救出のためにマンホールに入った同僚の作業員も意識を失い倒れてしまうことがあります。酸欠事故の防止には正しい知識をもち、積極的に危険な場所を避けること、閉鎖空間に入るときは十分に換気をすることが重要です3)。
参考:
1. 高津光洋. 大気中の酸素欠乏による窒息. p.148. 検死ハンドブック. 南山堂1996.12.
2. 高取健彦、長尾正崇. 空気中の酸素欠乏による窒息. p.184-185. NEWエッセンシャル法医学(第6版). 医歯薬出版2019.3.
3. 岩崎明夫. 酸素欠乏症とその対策. 労働衛生対策の基本 ⑫. 産業保健21. 第88号(2017年4月号). https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/sanpo/sanpo21/sarchpdf/88_roudoueisei_taisaku.pdf.
上村 公一
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