酸化ストレスと動脈硬化

死因究明

しばらくお休みしていた「元素と法医学」のブログを再開します。よろしくお願いします。法医学の重要な業務として、死因究明があります。ヒトは生物なので、必ず死を迎えます。生前から病気で医療機関を受診し、病名が確定し、不幸にもその病気が悪化して死亡した場合、死因は明らかです。主治医が死亡診断書を作成し、遺族に交付します。しかし、突然死、事故死、自殺・他殺、何らかの理由で生前に医療機関を受診していない場合、など「はっきり原因の確定した病死」以外の死亡は「異状死」となります。異状死は警察に届けられ、犯罪による死亡も視野に入れて、死因の究明が行われます。警察が扱う異状死は我が国の死亡の約12%を占めます(2020年)。このような「異状死」は案外、多いと思いませんか。死因究明は監察医や大学の法医学者が担当します。テレビドラマの「アンナチュラル」、「監察医朝顔」のように、法医学者が死因究明のために活躍しています。

正確な死亡原因(死因)の決定が求められるのは理由があります。(1)正確な死因は公衆衛生学の基本的な統計データになります。先進国では死因統計に基づいて病気や事故に対する対策が行われます。(2)生命保険の死亡保険金が病死と事故死で大きく異なることがあります。(3)遺族が正確な死因を知りたいと希望することがあります。遺伝する可能性がある疾病の場合、遺族にとっても死因を知ることは重要です。(4)犯罪見逃しの防止です。死因が究明されない場合、犯罪が隠れていることがあります。死因究明が警察の犯罪捜査の端緒となります。特に中毒死は解剖して薬物検査を実施しないと見逃される可能性が高いです。

突然死は医学的には発症後24時間以内の死亡を意味します。その多くは診断を確定する前に死亡してしまうため、「異状死」として、警察に届けられます。

なお、死亡の診断をする医師には異状死の警察への届出義務があります(医師法21条)。東京23区では、異状死のうち犯罪性がない場合、東京都監察医務院の監察医が死因の究明をします。外表の所見や既往歴から死因を決めたり(検案)、検案だけで死因が不明の場合は解剖して死因を決定します。突然死の多くは虚血性心疾患、脳血管疾患、大動脈疾患です。これらはおおまかにいうと血管の動脈硬化による疾病です。令和4年の東京23区の異状死は16,276件であり、そのうち68.4%が病死でした。病死の内訳では虚血性心疾患が45.5%、脳血管疾患が8.3%、大動脈疾患が5.9%を占めていました1)

 

動脈硬化

動脈硬化は動脈の血管が硬くなって弾力性が失われた状態のことです。これは血管内膜の傷害、粥状動脈硬化と呼ばれ、障害を受けた動脈の内側の壁にコレステロールが沈着して塊(プラーク)を形成します。この病変が心臓の冠状動脈に起こると、冠状動脈の内腔が狭くなり、心筋が虚血になり、狭心症や急性心筋梗塞から突然死に至ることもあります。虚血性心疾患を含む心疾患は我が国の死因の第2位です。

 

活性酸素と酸化ストレス

大気中には、約20%の酸素が含まれており、生物はこの酸素を肺から取り込み、細胞内のミトコンドリアの呼吸鎖(電子伝達系の酸化的リン酸化)でATP (Adenosine Triphosphate:アデノシン三リン酸) を産生し、それをエネルギー源として、生命活動を維持しています。しかし、生体に取り込んだ酸素のうち、約2%はミトコンドリアの呼吸鎖からスーパーオキシド(O2)などの活性酸素(Reactive Oxygen Species: ROS)として漏れ出します2。ROSは好中球の殺菌作用や細胞間の情報伝達物質として働く一方で、その過剰な産生は血管の内膜細胞を攻撃し、脂質(特にリン脂質)やLDL(Low Density Lipoprotein: 低密度リポ蛋白質)を酸化して過酸化脂質や酸化LDLを生成し、血管の内膜細胞を傷つけてしまい、動脈硬化を引き起こします。その他、ROSはDNA損傷を引き起こし、がんなど、様々な疾患をもたらす要因にもなります。そのため生体内には、ROSの傷害から生体を守る抗酸化防御機構が備わっています。スーパーオキシドジスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなどの内因性の抗酸化酵素に加え、アスコルビン酸、トコフェロール、カロテノイド類、ポリフェノールなど外因性の抗酸化物質です。ROSの産生が抗酸化防御機構の能力を上回った状態を酸化ストレスといいます。なお、高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満などの生活習慣病や喫煙は酸化ストレスを増大させ、動脈硬化を引き起こし、虚血性心疾患などの心血管疾患(循環器疾患)につながります。

 

 

参考:

  1. 令和5年版統計表及び統計図表. 東京都監察医務院. https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kansatsu/database/05toukei.html
  2. 國友勝. 酸化ストレスと動脈硬化. 薬学雑誌 127(12) ;1997-2014, 2007.
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上村 公一

東京医科歯科大学名誉教授、もと高校教諭(理科・化学)。専門は法医学、中毒学。テレビドラマや小説の法医学監修をしてきた。

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