エタノール代謝と個人差

はじめに

前回、エタノールは薬物としての毒性は低いため、多量に摂取して、その薬理効果を楽しんでいることを説明しました。しかしながら、エタノールも薬物なので、生体内で代謝(分解)されて、無毒化される仕組みがあります。

エタノールの代謝経路

アルコール飲料のアルコール主成分であるエタノールは化学式C2H5OH(CH3CH2OH)で表され、1級アルコールとして次の経路で代謝を受けます。
(1) CH3CH2OH → CH3CHO(アセトアルデヒド)
(2) CH3CHO  → CH3COOH(酢酸)
(3) CH3COOH → (クエン酸回路)→ CO2、H2O

(1)の経路でエチルアルコールがアセトアルデヒドに分解されます。アセトアルデヒドは生体にとって毒性が強いので、すぐに(2)の経路で酢酸に代謝されます。工業的に触媒として酸化剤を用いたり、加熱したりして、反応を進めますが、生体内では酵素が触媒として働きます。

(1)の酵素はアルコール脱水素酵素(alcohol dehydrogense: ADH)、MEOS(Microsomal Ethanol Oxidizing System)、カタラーゼの3つがあります。通常、エタノールの約80〜90%は肝細胞質にあるADHで代謝されます。(2)の酵素はアルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase: ALDH)です。この段階でエタノールは酢酸に変わっているので、ほぼ無毒化されています。

最後に、(3)の経路でミトコンドリアのクエン酸回路で代謝され、最終的にCO2、 H2Oに分解されます。同時に、ATP(アデノシン三リン酸、生体のエネルギー源)が産生されます。このように、エタノールは代謝の結果、エネルギー源になりますが、体を作る蛋白質にはならず、生体にとって必須の栄養素ではありません。

エタノール代謝の速さ

エタノール代謝の速さ(エタノールが血中から消失する速さ)は、体格や飲酒量にかかわらず、ほぼ一定です。血中濃度では1時間あたりで0.15mg/mLの割合で減少します。日本酒1合の飲酒で血中エタノール濃度が0.5mg/mLになるため、代謝するのに約3時間かかります。したがって、日本酒3合以上を夜に飲酒すると、翌朝までエタノールを持ち越すことになります。まさに二日酔いです。また、アルコールが血中から消失しても、翌日体調が悪く、二日酔い状態になることがあります。これはエタノールの利尿作用による脱水、電解質異常、低血糖などが関与しています。いずれにしても、深酒は禁物です。

エタノール代謝の個人差

飲酒様態とエタノール代謝酵素は関係があります。エタノール代謝経路(1)のADHには多くに遺伝子型が存在し、クラスⅠ〜クラスⅤがあります。ADHにはいくつかのアイソザイム(酵素としての働きは同じですが、酵素タンパク質としての構造や組成が異なる)があります。これまでにADHを構成するα,β,γ,π,χ、などの蛋白質サブユニットが同定され、構造上の類似から、ADHはクラスI(α,β,γ)、II(π)、III(χ)、Ⅳ(σ)、Ⅴ(不明)に分けられます。その中で通常の量の飲酒では、クラスⅠが主にエタノールの代謝に関与します。その中のADH1B遺伝子には遺伝子多型があり、ADH1B*2遺伝子(47番目のアルギニンがヒスチジンに変異)は酵素活性が高く、酒がよく飲めるタイプになります。日本人ではこのタイプが多い(全体の85%)ことがわかっています。

一方、日本人を含むモンゴロイド(黄色人種)は、遺伝的に一部、酒に弱い人がいるという特徴があるのも事実です。コーカソイド(白色人種)、ネグロイド(黒色人種)は酒に弱い人はほとんどいません。日本人では、酒に強い人5割、弱い人4割、まったく酒が飲めない人1割です。これは、次の様にアセトアルデヒドの代謝の速さの違いで説明されています。

エタノール代謝経路(2)のアセトアルデヒドを代謝するALDHに19個の遺伝子アイソザイムがあり、そのうちALDH2が主にアセトアルデヒドの代謝を行っています1)。ALDH2遺伝子には2つの遺伝子多型があり、第12染色体にあるALDH2遺伝子を構成するアミノ酸のうち、487番目のグルタミン酸がリジンに変異したALDH2*2タイプと変異のないALDH2*1タイプがあります2)。この遺伝子多型については、日本の法医学者の研究成果です。ALDH2*2タイプは活性が低く、アセトアルデヒドが体にたまりやすく、酒に弱いと言えます。酒に弱いヒトが無理して飲酒すると、アセトアルデヒドの血中濃度が上がり、顔面紅潮(flushing)、動悸、悪心、嘔吐、頭痛など、いわゆる悪酔い症状になります。これでは酒は飲めませんね。

酒の強さは遺伝子で決まる

このような遺伝子多型は両親からメンデルの法則に従ってひとつずつ遺伝子を受け継ぐことによって起こります。両親からともにALDH2*1を受け継いだ(ホモ型)のが酒に強い人、両親からALDH2*1とALDH2*2をひとつずつ受け継いだ(ヘテロ型)のが酒に弱い人、両親からともにALDH2*2を受け継いだ(ホモ型)のがまったく酒が飲めない人なります。酒に強いか弱いかはおもにALDH2の遺伝子多型で決まります。一方、ADHについてADH1B*2遺伝子を持ち、ALDHについてALDH2*1ホモ型のひとは、エタノールの分解が早く、かつ、アセトアルデヒドが体にたまらないので、いくらでも酒が飲める「うわばみ」になる可能性があります。

おわりに

今回は、エタノール代謝経路と代謝の個人差について書きました。酒が飲めるタイプのヒトはアルコール依存になりやすいので要注意です。逆に、酒が飲めない人はアルコール依存症になりません。ただし、アルコール依存になるかならないかは大変複雑な問題です。エタノール代謝酵素以外に脳の神経回路にある報償系もアルコールが好きか嫌いか(アルコール嗜好性)に関係しているからです。

 

参考文献:
1. 吉本寛司. アルコール. 髙取健彦監修. 長尾正崇編. NEWエッセンシャル法医学 第6版. p.268-280. 医歯薬出版. 東京. 2019年.
2. Harada S, Agarwal DP, Goedde HW. Aldehyde dehydrogenase deficiency as cause of facial flushing reaction to alcohol in Japanese. Lancet. 1981 Oct 31;2(8253):982.

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上村 公一

東京医科歯科大学名誉教授、もと高校教諭(理科・化学)。専門は法医学、中毒学。テレビドラマや小説の法医学監修をしてきた。