リチウム(Li)-「石」を意味する元素の活躍

 

リチウムは、窯業材料、薬から電池まで幅広く使用されています。現在、リチウムの需要の約3割は様々な電気製品の電池で、車載用としても重要な役割と将来性を担っています。

リチウムの発見と広がる用途

1800年、ストックホルムの東に浮かぶウーテ島の鉱山で、ブラジルの化学者がある葉長石ペタライト (主成分はLiAlSi4O10) を発見しました。これをスウェーデンの化学者J.ベルセリウスの研究室にいたJ.アルフェドソンが調べました。

アルフェドソンは、この葉長石にはシリカ(SiO2)、アルミナ(Al2O3)以外にアルカリ金属が含まれていると考え、それを硫酸塩に導いて分析し、それまでに未知のアルカリ成分であることを1817年に確認したのです。この研究にはベルセリウスも多くの助言をしましたが、寛容にもベルセリウスはアルフェドソン一人の名前で発表させたという美談が伝えられています。

その元素はナトリウムやカリウムに似た性質でした。しかし、同族のナトリウムが動物の血液などに含まれ、カリウムが植物の灰から発見されたのとは対照的に、鉱石から発見されたことから、ギリシア語で石を意味するlithosに因んでリチウム(lithium)と名付けられました。同じ語源の言葉にはlithograph(リトグラフ、石版印刷、石版画)、lithosphere(岩石圏:地球表層の岩石でできている部分)、lithotomy(結石切除)などがあります。

アルフェドソンはリチア輝石きせきやリチア雲母うんもにもリチウムが含まれることを示しましたが、単体を得ることはできませんでした。1818年にはC.グメリンによって赤く美しい炎色反応が観察されました。

 

1821年、W.ブランドは、以前にH.デーヴィーがナトリウム、カリウムの単体を電気分解で得たのにならい、白金坩堝るつぼ中で融解した酸化リチウムを電気分解してリチウムの単体を得ました。1855年には、R.ブンゼンらによって塩化リチウムの電気分解からも単体が得られました。

リチウムの生産は、塩水からの方法と鉱石からの方法に大別されます。

塩水からの生産では、チリ北部のアタカマ湖などが有名で、汲み上げた塩水を天日で乾燥させ、数か月ほどかけて濃縮します。精製過程でホウ素やマグネシウムの化合物が除かれ、炭酸リチウムを得ます。

鉱石からの生産では、主にリチア輝石が使われ、浮遊選鉱によって酸化リチウムを数%含む精鉱を得て処理されます。

リチウム化合物の最初の用途は航空機用内燃機関などの潤滑剤で、第二次世界大戦前後のことでした。冷戦下で水素爆弾が製造された時には、リチウムの同位体に中性子を照射して三重水素トリチウムを生産するのに使われました。リチウム塩はまた、ガラスの融点を降下させるのに使われ、ホール・エルー法において酸化アルミニウム(アルミナ)の溶解性の改善のためにも使われました。(アルミニウム精錬に関する過去のブログ記事はここをクリックしてください

現在、リチウムの用途は陶器やガラスなどの窯業材料に次いで電池としての需要が多いようです。以下に、薬としての珍しい用途と電池についてご説明します。

薬としてのリチウム

炭酸リチウム(LiCO3)は、比較的簡単な無機物ですが医薬品です。医薬品といえば、複雑な構造の有機物が確かに多いですが、簡単な構造の化合物にはどんなものがあるでしょうか。水も塩化ナトリウムも場合によっては立派な薬効を示しますし、炭酸水素ナトリウム(重曹、NaHCO3)もそうです。

リチウム化合物が薬として試された歴史は、いろいろあります。19世紀半ば、尿酸がリチウムイオンを含む溶液に溶けやすいことに注目した医師が、通風患者に尿酸の排泄促進の効果を期待して用いましたが、良い結果は得られませんでした。

20世紀半ばになり、アメリカで減塩食が必要な人に対して、ナトリウムイオンと同じ+Ⅰ価の陽イオンを含む塩化リチウムが代用食塩として試されました。ところがリチウムは体内に蓄積してしまい、中毒症状を招きました。以来、医学・薬学界ではリチウムは危険な物質であるとの見方が広がりました。

1948年、オーストラリアの精神科医は、精神病の原因として体内由来の物質の脳への影響を考え、その物質または代謝生成物は尿中に排出されると仮説を立てました。そこで尿酸リチウムをモルモットに投与したところ、興奮しやすいはずのモルモットが鎮静化することが判りました。これを受けて、デンマークの医師により炭酸リチウムの躁鬱そううつ病に対する効果が確認されたのです。リチウム化合物の薬としての復権とも言える歴史です。現在でも炭酸リチウムは薬として多くの患者を救っています。

電池としてのリチウム

リチウムを用いた電池としては、ボタン型(コイン型)など小型のものが多いリチウム電池(一次電池)と、充電が可能な電池(二次電池)として各種の電源に用いられているリチウムイオン電池が代表的です。

リチウムは、金属のうちでイオン化傾向が最大で、負極に使うと高い電位差が得られるだけでなく、最も軽い金属でもあるため、重量あたりの電力容量が大きい点で有利です。また、自己放電が少なく寿命が長いこと、水銀、カドミウム、鉛を使わないので環境にやさしいことも強みです。

リチウム電池のうち、最も普及しているボタン型電池(型番がCで始まる)は、正極に酸化マンガン(Ⅳ)(MnO2)、負極に金属リチウムを使用しています。金属リチウムは水と反応するため、電解液には有機溶媒に無機や有機のリチウム塩を溶解させたものが用いられます。リチウム電池は、一時に大きな電流を必要とせず、長寿命の小型電源として活躍しています。当初は、軽いことから電球一体型の夜釣り用浮きにも使われましたが、心臓ペースメーカーには大きく貢献しました。

リチウム電池 (出典:Photo AC)                  リチウムイオン電池

一方でリチウムイオン電池は、1980年代に携帯電話、ノートパソコン、小型ビデオカメラなどに向く高容量で小型軽量な二次電池の需要に応えて開発されました。他の電池に比べてエネルギー密度が高く、小さくても大きなパワーが得られることが特徴で、現在ではスマートフォンや電気自動車など、用途はさらに広がっています。

リチウムイオン電池では、正極と負極の間の隔膜を介してリチウムイオンが移動することで充放電ができます。正極、負極、電解質の材料はメーカーにより様々で、一般にリチウムは正極材を構成する成分に使われています。コバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、マンガン酸リチウム(LiMn2O4)やリン酸鉄リチウム(LiFePO4)などが様々な用途に応じて開発されました。

このように、リチウムは私たちの生活をより豊かで便利なものにしてくれているのです。

 

参考文献:
「薬の発明 そのたどった途3」ファルマシアレビュー編集委員会編(日本薬学会,1990年)
「新しい電池の科学」梅尾良之著(講談社,2006年)
「無名の電池の開発秘話 リチウムイオン二次電池と名前のつくまでの開発技術史」栗林 功著(㈲ケー・イー・イー,2016年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。