今回から稀ガス元素を順にご紹介します。ヘリウムは稀ガス元素の一つで単原子分子です。宇宙全体では水素に次いで多い元素(質量の27%)ですが,地球大気には体積で約0.0005%しか含まれていません。化学的に不活性で,水素に次いで軽いことから気球用の気体として使われることでも知られています。 |
太陽コロナの正体
太陽コロナは,太陽の外層大気の最も外側に存在する稀薄な層で,その主な成分は水素原子が原子核と電子とに分かれたプラズマです。100万Kを超える高温で,通常は光球や彩層(光球とコロナの間に広がる大気下層部,厚さ数千㎞)からの光が強いので見られませんが,1930年にフランスの天文学者B.リヨが光球の像を遮って観測することができる器機(コロナグラフ)を発明したことにより,皆既日食の時だけでなく常時観測することができるようになりました。
太陽コロナ
出典:John Martin Schaeberleによる”Solar corona of 1893 eclipse”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)
18世紀のイタリアの天文学者J.マラルディは,日食の際に見られるオーラ(aura)は太陽自身によるものであると考え,1809年にスペインの天文学者J.デ・フェレールは,それをコロナ(corona)と呼びました。コロナは,ギリシア語で「輪になった物,花輪,花冠」を意味するκορωνιςに由来します。
19世紀以降,分光学が発達すると,皆既日食の観測でコロナの中に輝線スペクトルが発見され,それは未知元素であるコロニウム(coronium)の存在を示唆するものと考えられました。コロニウムは,ニュートニウム(newtonium)とも呼ばれ,太陽コロナ中に発見された輝線が既知の輝線スペクトルに帰属されないことから,未知元素による放出が考えられたのです。
1868年8月18日の皆既日食
戊辰戦争が年初に起き,7月には江戸が東京と改称された1868年の8月18日,インド中部の東岸の町グントゥールで皆既日食を観測したフランスの天文学者P.ジャンサンは,太陽の彩層の分光スペクトルに黄色の輝線(波長587.49㎚)を見出しました。彼は,これをナトリウムによるものと考え,ナトリウムのスペクトルであるD線(D1線(589.59nm)とD2線(589.00nm)から成る二重線)に近いことからD3線と名付け,実験室で再現を試みましたが叶いませんでした。
次いでイギリスの天文学者N.ロッキャーは,この年の10月に太陽光を改めて分析し,D3は既知のいかなる元素にもよらないことから,太陽の構成元素であると考え,化学者のE.フランクランドと共に研究しました。そしてギリシア語で太陽を意味するηλιοςからヘリウム(helium)と命名しました。
ドイツの天体物理学者W.グロトリアンの研究を引き継いだスウェーデンの天文学者B.エドレンは,1942年,太陽コロナに観測される輝線が9価の鉄イオン(Fe9+)からの放射であることを同定し,そのほかにもFe10+,Fe12+,Fe14+などが同定されました。これ以降,コロナ中に発見されていた輝線がニッケル,カルシウム,アルゴンなどの多価イオンからの放射であることが分かりました。
1881年,イタリアの物理学者L.パルミエリは,ヴェスヴィオ山に産する黄色の無定形昇華物をバーナーで加熱して分光スペクトルを観測し,その中にD3線を見付けました。この発見は地球上でヘリウムの存在が確認された最初の例でした。
さらに1890年頃,アメリカの鉱物学者W.ヒレブランドは閃ウラン鉱(uraninite)を酸で溶かすと不活性な気体が生じることを見出し,それは窒素であるとしました。これに対してヒレブランドとは異なる意見をもったイギリスの化学者W.ラムゼーは,1895年,クレーヴェ石(cleveite)を使って実験を行い,窒素,アルゴンと共に,それらとは異なるスペクトル線を示す気体を得ました。ラムゼーの所には鋭敏な分光器が無かったので,その気体をロッキヤーと物理学者のW.クルックスに送り,ヘリウムであることが確かめられたのです。同じく1895年には,ドイツの物理学者H.カイザーが鉱泉から湧出する気体の中にヘリウムを確認しました。
ラムゼーらとは独立にスウェーデンの化学者P.クレーヴェと弟子のN.ラングレットも,クレーヴェ石からヘリウムを得ていました。クレーヴェ石は鉱山学者で探検家のN.ノルデンシェルドが発見し,クレーヴェに敬意を表して命名した閃ウラン鉱の一種です。クレーヴェとラングレットはラムゼーよりも高純度のヘリウムを得て,より正確な原子量を求めました。
ヘリウムの産出と利用
20世紀になり,アメリカ・カンザス州のデキスターで石油の掘削調査時にある気体の存在が確認されました。天然ガスか,という人々の期待に反して,その気体は燃えなかったので,カンザス大学に持ち込まれて分析されました。その結果,メタン(15%)と少量の水素と酸素が含まれているものの,大半は窒素(72%)で,そのほかに約12%の不活性成分が含まれていることが分かりました。この不活性成分から活性炭に吸着される成分を除去した結果,1.8%のヘリウムが確認されたのです。
これによりヘリウムは石油掘削の副産物として得られることが分かりましたが,その成因は化石燃料のそれとは異なり,ウラン(92U),トリウム(90Th)の放射性崩壊によって生じることが後に分かりました。
アメリカでは,このほかにもヘリウムを含むガス田が開発され,第一次大戦以降はヘリウムの製造設備が増強されて民生用と軍事用に国家備蓄が始まりました。その用途は,当初は飛行船などの浮揚用気体が主体でしたが,第二次大戦中には熔接での需要が拡大しました。20世紀半ば以降はロケット推進剤用の冷却材として需要が増し,アメリカは工業用ヘリウムの生産で長く優位にありました。1990年代以降,ヘリウムはアメリカ(約60%),カタール(約30%)のほかに,アルジェリアなどでも生産されています。
アメリカ南部のテキサス州・アマリロには19世紀後半に鉄道が敷かれて町ができ,肉牛の積出地,天然ガスと石油の産出地として発達し,各種の工業も立地しました。アマリロはかつてはヘリウムの生産で知られ,世界のヘリウムの都(Helium Capital of the World)と呼ばれましたが,1927年に連邦政府が周辺のガス田を買い取り,1929年にはヘリウム製造工場が操業を始めました。
次の写真のモニュメントは,1968年,ヘリウム発見100年を記念してUSスチールの協力により建てられました。ここには付属施設と共に計4個のタイムカプセルがあり,25年目, 50年目,100年目,そして1000年目の2968年にそれぞれ開封されることになっています。1993年と2018年には既に開封され,次回の開封は2068年の予定です。
ヘリウムモニュメント(米テキサス州・アマリロ)
出典:Who What Where Nguyen Whyによる”The Helium Monument Time Capsule in Amarillo, Texas, USA. It was constructed in the late 1960s.”ライセンスはCC BY-SA 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)
1937年5月6日の墜落とヘリウム
水素の気球と動力をもつ有人飛行船は19世紀半ばに登場しました。ドイツでは,F.ツェッペリン伯爵が1900年に硬式飛行船の初号機(LZ-1)の飛行に成功し,飛行船は1909年にドイツ海軍に納入されて1911年には国内に民間航路が開設されました。飛行船は,第一次大戦では偵察機や爆撃機として使われました。この大戦中にツェッペリン型飛行船は100余機建造されましたが,悪天候に弱く,戦闘機が台頭すると戦果が挙げられなくなり,軍用飛行船は衰退しました。
ドイツでナチスが台頭するとアメリカはヘリウムのドイツ向け輸出を制限し,ドイツの飛行船は水素を使うことを余儀なくされました。ツェッペリンの後継者となったH.エッケナーは,ツェッペリン型飛行船による国際民間航路を開設し,1924年に欧州-アフリカ間の大陸縦断航路,1925年に欧州-北米・南米間の大西洋航路が開設されました。1926年にはノルウェーの探検家R.アムンゼンがイタリア製の飛行船ノルゲ号で北極を横断しました。
第一次大戦後の1929年,ツェッペリン飛行船会社はツェッペリン伯号(LZ-127)で世界一周に成功し,同機は霞ケ浦(茨城県)にも飛来しました。ツェッペリン型飛行船は長距離・長時間飛行を実現し,ドイツは飛行船の製造・運用において再び世界で優位に立ちました。この時代の飛行船の速度は鉄道と同程度で,旅客機には及ばないものの船舶よりは速く,優雅な空の旅を担いました。
ニューヨーク上空のヒンデンブルク号
出典:”A Hindenburg léghajó New York fölött”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)
悲運のヒンデンブルク号(LZ-129)は,ドイツでナチス党が台頭し,飛行船が党の宣伝と国力誇示の道具にされる中で花形路線の大西洋航路に就航しました。そして1937年,フランクフルトを5月3日20時過ぎ(現地時間)に出発しました。2日半で大西洋を横断し,ニューヨーク近郊のレイクハースト海軍航空基地(ニュージャージー州)に着陸する予定でしたが,予定に約半日遅れて5月6日19時過ぎ(米東部時間)に到着しました。このとき尾翼付近から出火し,衆目を集める中で船体は30秒余で燃え尽きて乗員・乗客97人のうち35人と地上作業員1人が死亡しました。
その後,飛行船の浮揚用気体には,可燃性の水素に代えてヘリウムが使われるようになりました。最近では成層圏飛行船が注目され,研究・開発されています。成層圏飛行船の飛行高度は旅客機より高く,ロケットよりは低い成層圏(地上10~50㎞)です。常置するには経済的で持続可能な技術で,各種プラットフォーム,通信,地球観測,航空・船舶管制,対空防衛などの利用が考えられています。
高感度の漏れ試験を実現するヘリウム
ヘリウムは,分子が小さいので,真空装置の漏れを確認する試験(リークテスト)を高感度で行える特性があります。真空装置の漏れ試験法は次の①~⑦に大別することができ,検査法により精度は異なります。
〔加圧法〕
①装置内に気体を入れて加圧し,放置して圧力降下を圧力計や差圧計で調べる。
②装置内に気体を入れて加圧し,装置に石鹸水を塗って気泡発生の有無を確認する。
③装置内に気体を入れて加圧し,装置を水中に入れて気泡発生の有無を確認する。
④装置内に冷媒などを入れて加圧し,放置して漏出気体を専用検知器で確認する。
⑤装置内に水を入れて加圧し,放置して水漏れの有無を確認する。
〔減圧法〕
⑥装置内を排気して減圧し,放置して圧力上昇を真空計で調べる。
⑦装置内を排気して減圧し,装置にアルコールを塗って内圧上昇を真空計で調べる。
ヘリウムを用いる漏れ試験は上記④に近い方法で,ヘリウム用検知器が使われます。毎秒10-13~10-11Pa・㎥程度の高精度でリークガスを捉えることができ,高感度の試験が可能です。
参考文献
「元素発見の歴史3」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「ツェッペリン飛行船」柘植久慶著(中央公論新社,2000年)
「元素大百科事典」P.エングハグ著,渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)
園部利彦
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