ユウロピウム(Eu)-ブラウン管カラーテレビを彩った元素

 ユウロピウム(63Eu)はランタノイド系列の中ほどに位置し,稀土類元素の中では地殻中の存在量が少ない元素(1.2ppm)です。その化合物は,磁性半導体や蛍光体として使われています。

ユウロピウムの発見

ユウロピウムはフランスの化学者E.ドマルセイによって発見されました。ドマルセイは1870年に理工科学校(École polytechnique)に入って化学を学び,生年(1852年)が同じF.モアッサン,A.ベクレルや,7歳年下のP.キュリーらと交流を深めました。モアッサンはフッ素を発見し,ベクレル,キュリーは放射能の研究でそれぞれ功績を残しました。

ドマルセイは,理工科学校でしばらく助手を務めた後,一旦は職を辞してアルジェリア,エジプト,インドを旅行し,パリに戻ってからは私設実験室を造って研究を始めました。ドマルセイの最初の研究分野は有機化学で,植物精油を研究して香料工業に貢献しました。その後,有機金属化学から無機化学へと移りました。窒素の硫化物の実験中に鋳鉄製容器が爆発する事故に遭い,片方の視力を失いましたが,事故のショックが癒えると,圧縮気体に関する危険な実験を再開し,1881年から翌年にかけて温度を制御できる真空装置を開発し,亜鉛,カドミウム,金などの揮発性も研究しました。

稀土類元素の研究では,分光分析でスペクトル同定の新しい技術を開発しました。ドマルセイは,それまで単一物質だと思われていたサマリアには未知元素が更に含まれていると考え,1901年,ユウロピア(酸化ユウロピウム(Ⅲ),EuO)を単離しました。ドマルセイは分光分析の技術に秀でていたので,スペクトルの解析を依頼されることがよくあり,1898年には,キュリー夫妻から依頼されたバリウム塩の試料に新元素ラジウム(88Ra)の存在を確認しました。

 

ユウロピウムの化学的性質と「ユウロピウム異常」

ユウロピウムの単体は銀白色の金属(20℃での密度5.2g/㎤,融点822℃,沸点1527℃)で,稀土類の中では反応性が大きく,水との反応はカルシウムと同程度で,硫酸塩が水に難溶性であることなどもカルシウム,ストロンチウムに似ています。原子価は+Ⅱと+Ⅲがあり,Eu2+(無色)は稀土類元素の+Ⅱ価陽イオンのうちで最も安定ですが,酸化されるとEu3+(淡桃色)になります。
ユウロピウムに関連して,岩石中の稀土類元素の存在度に見られる「ユウロピウム異常」という現象が知られています。
花崗岩は深成岩で,軽稀土類元素(ランタノイド系列の左側)に富みます。花崗岩はマグマが地下の深部でゆっくり固結してできたものが多く,粗粒状組織をもつ火成岩です。
マグマの冷却過程では,鉱物が沈澱しながらマグマの化学組成が変化し,これをマグマの分化と言います。マグマ中のEu2+は,分化の過程で沈澱を形成して濃集し,残りのマグマはEu2+含有量が少ないものになります。すなわち,一般に花崗岩などのような分化が進んだマグマからできた岩石には他の岩石よりも相対的にユウロピウムが少なく,これを「負の異常」と言います。

岩石ごとの稀土類元素含有量
出典:Jonathanischoiceによる”A graph of basalt REE abundance”ライセンスはCC BY 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

 マグマの分化とは別の理由でも「負の異常」が起きることがあります。マグマの生成過程で周囲の岩石が融かし込まれることがあり,堆積岩が融け込むと,堆積岩に含まれる有機物(生物の遺骸)が酸化される際にマグマの成分は還元されます。このときEu3+はEu2+へと還元され,先述の沈澱濃集が起きて「負の異常」につながります。
次は「正の異常」についてです。花崗岩と同じく斑糲はんれい岩も深成岩で,軽稀土類元素に富みます。斑糲岩は有色鉱物を多く含み,黒っぽい色の岩石です。斑糲岩の中の無色鉱物はほとんどが斜長石で,斜長石はカルシウムに富みます。Ca2+とよく似た挙動をするEu2+はCa2+に置き換わりやすく,Ca2+を多く含むマグマは他の稀土類元素よりもEu2+が多くなる傾向があり,「正の異常」の要因となるのです。

 

ブラウン管の発明と進展

酸化イットリウム(Ⅲ)(YO)などに酸化ユウロピウム(Ⅲ)を添加した化合物は,ブラウン管カラーテレビの発光面や三波長形蛍光灯の蛍光体などに使われました。また,青色光LEDができてからは,ユウロピウムを添加したα-サイアロンが青色の補色である黄色を出す蛍光体として用いられ,白色光を実現するのに用いられています。サイアロンとは,窒化ケイ素(SiN)のケイ素原子の一部がアルミニウム原子に,窒素原子の一部が酸素原子に置換された化合物で,窒化ケイ素と同様,結晶構造によりα型とβ型とがあります。1970年代以降ガスタービン翼などに用いるセラミックス製構造材料として使われました。

イギリスの物理学者W.クルックスは,1879年頃,真空管内で発生させた陰極線(電子の流れ)が磁力によって曲げられることを示しました。このことは電子が荷電粒子であることを示すものでした。
次いで1897年,ドイツの物理学者K.ブラウンは,陰極線管による映像化の研究を発表しました。電子線を蛍光体に照射して発光させ,その電子線を操作して像を表示する真空管はブラウン管と呼ばれるようになり,ブラウンは無線電信の開発への寄与で1909年にノーベル物理学賞を受賞しました。

初期のブラウン管(左端が画面,中央部が電子銃)
出典:Eugen Nesperによる”Braun cathode ray tube on stand”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

 ブラウン管の発明を受けて,1926年,浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)の高柳健次郎は,世界で初めてブラウン管画面に「イ」の文字を映し出し,1928年には人物の送像にも成功しました。このときは走査線数が40本で,毎秒14の画像が送られました。
テレビ放送は1937年にイギリス・BBCにより開始され,全ガラス製のカラーブラウン管は,1957年,アメリカのコーニング社が製作し,カラーテレビの時代が到来しました。
テレビは20世紀の一大発明とされ,日本では,1950年代後半に白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫が家電製品の〝三種の神器〟,高度成長期には,カラーテレビがクーラー・自家用車(カー)と共に〝3C〟あるいは〝新三種の神器〟と呼ばれました。コンピューターの時代になると,ディスプレイとして更に進化して,豊かな映像文化を演出する媒体となりました。

 
二つの「イ」記念碑(共に浜松市中区,令和5年2月・撮影)
〔左〕日本放送協会・浜松放送会館  〔右〕浜松市立西部公民館(浜松高等工業学校跡地)

 

カラーテレビ用ブラウン管の蛍光体

カラーテレビのブラウン管には,赤・緑・青(RGB)の三色に対応する三つの電子銃があり,RGBの各蛍光体は一つ一つが発光し,画像が作り出されます。各電子銃は送られてきた映像用信号によって制御され,方向と強弱が調整された電子ビームを出して画面上に軌跡(走査線)を描きます。

ユウロピウム化合物を赤色蛍光体に応用したのはアメリカのA.レヴァインとF.パリラで,1964年,オルトバナジン酸イットリウムを主体とし,イットリウムの数%程度をユウロピウムで置き換えた化合物(YVO:Eu)を開発しました。その後間もなく,酸化イットリウム(Ⅲ)や酸化硫化イットリウム(Ⅲ)にユウロピウムを添加したYO:EuやYOS:Euの蛍光体が登場しました。
それまでの赤色蛍光体は発光効率が低く,発色は幾分黄色を帯びていて,全体として冴えない色調でした。上記の三つの赤色蛍光体のうち,色が最も美しいのはYVO:Euですが明度は低く,YO:Euは最も明るいものの色はわずかに橙色がかっています。YOS:Euは両者の中間的な性能です。(⇒カラーテレビの赤色蛍光体についてはココをクリック)

 

 

 

赤(R)・緑(G)・青(B)の画素が並ぶ画面
出典:Kprateek88による”A closeup of pixels.”ライセンスはCC BY-SA 4.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

赤色蛍光体の塗着工程では,赤色蛍光体材料にフォトレジスト(感光性材料で,露光後の薬品処理のための保護膜になる)を混ぜてパネルに塗布し,シャドウマスク(画面のすぐ裏側に置かれる金属製薄板で,RGBの各色に割り振るため,画素数分の円形または方形の穴が開けられている)を置いて,完成時に赤の電子銃が置かれるのと同じ位置に光源を置いて露光させ,シャドウマスクを外してからフォトレジストが除去されます。これと同じように蛍光体焼き付けの工程がRGBの全色について行われます。

ユーロ紙幣には,偽造防止などの対策として紫外線照射下で光る蛍光インクが使われています。次の写真は50ユーロ紙幣を撮影したものです。縦に入った赤色の帯,青色の星,緑色の意匠などに発光が見られ,このうち,赤い帯はユウロピウムを含む蛍光体によるとされます。ユーロ紙幣にユウロピウムの化合物が使われていることは実にふさわしいことです。

〔上〕紫外線をあてて撮影 〔左〕蛍光灯の照明で撮影

 

参考文献
「モノづくり解体新書 六の巻」(日刊工業新聞社,1994年)
「希土類の話」鈴木康雄著(裳華房,1998年)
“Rediscovery of the Elements: Europium-Eugène Demarçay”,James L. Marshall,Virginia R. Marshall,THE HEXAGON(Summer,2003)(https://digital.library.unt.edu
「希土類とアクチノイドの化学」S.コットン著,足立吟也監修,足立吟也・日夏幸雄・宮本 量訳(丸善,2008年)
希土類元素の地球科学 第3回・色々な物質中の希土類元素存在度パターン,太田充恒(国立研究開発法人・産業技術総合研究所)(https://staff.aist.go.jp

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。