ホルミウム(Ho)とツリウム(Tm)-同時に発見された元素

 19世紀半ばに開発された分光法は分離技術を刷新し,19世紀後半から20世紀初頭にかけて新元素の発見が続きました。ホルミウム(67Ho)とツリウム(69Tm)は,共にスウェーデンの化学者P.クレーベによって発見されました。

クレーベ,多才なナチュラリスト

ホルミウムとツリウムを発見したクレーベはストックホルムに生まれ,ウプサラ大学で学んで,1874年には同大学の一般化学,農芸化学の教授となりました。彼は自然を愛し,地質学や植物学にも興味を抱きました。1884年には稀土類研究の業績に対して英国王立協会のデービーメダルを受けました。
ウプサラは,首都ストックホルムの北に位置し,北欧の古都そして学都として知られています。スウェーデン中部のスヴェアランド(Svealand)にはかつてスヴェア族が割拠していましたが,最終的に三つの王国に統合されました。このことを表す三つの王冠(Tre kronorトゥレー・クローノー)は正式な国章の代わりに用いられます。ウプサラはウップランド(Uppland)がもとになってでき,三王国統合の中心地になった歴史的な街でもあります。

 

 

 

三つの王冠が配されているスウェーデンの切手
(1946年発行,30オーレ,肖像画はA.ノーベル)

出典:”Alfred Nobel 1946 Sweden stamp 30 ore”ライセンスは`PD(WIKIMEDIA COMMONSより)

クレーベの名前はクレーベ石(Clevite)(稀土類元素を含むせんウラン鉱,主な組成はUO・UO・PO・ThO)にも残されています。クレーベ石は,ウラン(238U)のα崩壊によってヘリウム(He)を生じるので,ヘリウムの地上における数少ない供給源でもあります。1890年,米・地質調査所のW.ヒレブランドは,クレーベ石から化学的に不活性な気体を発見し,その気体を分光分析から窒素であると判断しました。このことを知り,それは窒素ではないと考えたイギリスの化学者W.ラムゼーは,1895年,クレーベ石から発生した気体から窒素を除き,残留した気体からヘリウムを分離することに成功したのです。

 

 

 

 

 

ヘリウムが採取された最初のクレーベ石
出典:UCL Mathematical and Physical Sciencesによる”Cleveite from which Helium was first isolated.”ライセンスはCC BY 2.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

クレーベの幅広い研究の終わりを飾ったのは淡水産藻類の研究でした。彼は,いくつかの新種を発見し,主に北海のプランクトンを研究して珪藻と海流との関係から海洋中の水循環についても研究しました。クレーベの植物学における貢献は,学名の命名者表記「Cleve」にも表れています。珪藻にはクレーベが発見し命名したものがいくつかあります。

 

 

 

クレーベによって描かれたフナガタケイソウ目のスケッチ
(1894年,スコリオトロピス科(Scoliotropis)という名は「ねじれた竜骨(船のキール)」の意味)
出典:P. T. Cleveによる”Genre Scoliotropis décrit en 1894 par Per Teodor Cleve”ライセンスはCC0 1.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

学名は,学術上の便宜のために生物の種に付ける世界共通の名称で,スウェーデンの博物学者リンネが創始した二名法に従い,ラテン語で命名されるものです。しかし,学名を認証する国際組織が無かった頃には,異なる生物の学名が同じになることがあったため,それを避けるために命名者や年号が便宜的に付記されるようになりました。例えば,モンシロチョウ(紋白蝶)の学名はPieris rapae (Linnaeus, 1758)で,これはC.リンネによって1758年に命名されたことを表しています。

 

ホルミウムとツリウムの発見

1878年,スイスの化学者M.ドラフォンテーヌとJ.ソレは,酸化エルビウム(Ⅲ)(ErO)を含む混合物であるエルビア(下図で下線のあるエルビア)を調べ,その吸収スペクトルから更なる未知元素が存在することを認めました。(⇒エルビウムについてはココをクリック)
これとは別に,1879年にクレーベは,エルビアから得られたエルビウム(68Er)の原子量が一定値でないことに気付きました。そこでクレーベはエルビアから酸化エルビウム(Ⅲ)をはじめとして既知の物質を順次除去し,茶色と緑色の二つの新たな物質を得ました。前者はホルミウムの酸化物であり,ソレらの結果と一致しましたが,緑色の物質は未知元素を含み,それがツリウムの酸化物でした。

クレーベは,エルビアに含まれる酸化エルビウム(Ⅲ)以外の二つの成分のうち,塩基性の大きい方に自身の故郷ストックホルムに因んでホルミウム(Holmium),塩基性の小さい方にアイスランド,ノルウェーなど極北の地の古称トゥーレー(Thule)からツリウム(Thulium)と名付けました。
クレーベはホルミアを純粋な酸化ホルミウム(Ⅲ)(HoO)と考えていましたが,1886年,P.ボアボードランは,硫酸塩と硫酸カリウム(KSO)から得られる複塩を用いた分別沈澱によってホルミウムとは異なる吸収スペクトルをもつ成分を分離し,ジスプロシウム(66Dy)を発見しました。

 

ホルミウムとツリウムの単体
〔左〕ホルミウム 出典:Jurii.Lanthanum-138による”Holmium”ライセンスはCC BY 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)
〔右〕ツリウム 出典:Juriiによる”Thulium”ライセンスはCC BY 3.0(WIKIMEDIA COMMONSより)

ホルミウムの単体は銀白色の金属(25℃での密度8.8g/㎤,融点1474℃,沸点2395℃)で,1911年に得られました。空気中では表面が酸化され,高温下では燃えて酸化物になります。水に徐々に溶け,酸には溶けやすく,安定な原子価は+Ⅲ価です。
ツリウムの単体(25℃での密度9.3g/㎤,融点1545℃,沸点1947℃)も1911年に初めて得られました。ツリウムは,放射性のプロメチウム(61Pm)に次いで,ランタノイドで二番目に少ない元素で,単体は銀灰色の光沢があり,軟らかく,空気中でゆっくりと変色します。

ところで,ツリウムの元素記号(Tm)はThuliumの頭文字と最後の文字から成っています(当初はTuでしたが,後にTmに変更されました)。元素記号は,ラテン語などの一文字または二文字で構成されています。ツリウムは,元素記号がTで始まる元素のうち,三重水素を除いて最も後発の元素です。ツリウムのスペルに従って文字を組み合わせると,次のようにTの次はmしか残っていなかったことが分かります。

T…三重水素(tritium),1934年に合成
Th…トリウム(thorium),1828年に発見
Tu…1783年にタングステン(tungsten)の元素記号として提案
Tl…タリウム(thallium),1861年に発見
Ti…チタン(titanium),1795年に発見

 このように,ツリウムと同じく頭文字と最後の文字から成る元素記号には,キュリウム(96Cm)もあります。

 

固体レーザーの媒体への添加物として

レーザー(LASER)はLight Amplification by Stimulated Emission of Radiation(誘導放出による光増幅放射)の頭文字を集めた語です。
誘導放出とは,原子または電子が,外部から受けた電磁波の強さに応じて位相と振動数が同じ電磁波を放出する現象のことで,自然放出(外部からの作用とは無関係な電磁波の放出,自発放出とも)や吸収を上回ると電磁波が増幅されます。

 

 

レーザー光による加工
出典:”Laser cutting”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)

レーザー光はほとんど散乱せず,単色で位相がそろった指向性の高い光です。媒体(動作物質)に絶縁性固体材料を用いたレーザーは固体レーザーと呼ばれます(固体の半導体材料を媒体に用いるものは半導体レーザーと呼ばれます)。固体レーザーの励起法としては光照射が一般的で,パルス動作にはキセノンのフラッシュランプ,連続動作には水銀灯やハロゲンランプがよく用いられます。固体レーザーの多くは鉄族,ランタノイド系列,アクチノイド系列などのイオンを少量含む結晶(*)やガラスを材料としており,クロムを添加したルビー結晶によるルビーレーザーや,YAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)結晶中のイットリウムを他の稀土類元素で置換したレーザーが代表例です。
上記の(*)のように,結晶の物性を変化させるために少量の不純物を添加することをドープ (dope)またはドーピング (doping)と呼びます。これは固体レーザーの媒体にも応用され,例えば,ホルミウム・クロム・ツリウムトリプルドープトYAGレーザー(Ho,Cr,Tm:YAG)は波長2080nmの光を出し,軍事用途,医学,気象学で幅広く使用されています。波長2010nmの光を出すツリウムドープトYAGレーザー(Tm:YAG)は,凝固深度が小さいので,生体組織の表面的な切除に適することから,外科手術での切開,黒子ほくろの切除・焼灼などを行うレーザーメスとして使われます。

 

参考文献
希土類元素の探求(3),奥野久輝,現代化学・1972年3月(東京化学同人)
希土類元素の探求(4),奥野久輝,現代化学・1972年4月(東京化学同人)
「元素発見の歴史3」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「元素大百科事典」P.エングハグ著,渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)
「学名の秘密 生き物はどのように名付けられるか」S.ハード著,上京 恵訳(原書房,2021年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。