サマリウムは,1879年にフランスの化学者P.ボアボードランによってサマルスキー石から新元素として発見されました。その鉱物の名はロシアの軍人V.サマルスキー=ビホヴェッツに由来し,サマリウムは人名に基づく元素名の最初の例でもあります。 |
サマリウムの発見と分離
サマルスキー=ビホヴェッツは,ウラル山脈南部にある鉱山町ミアス(チェリャビンスク州)で産出する鉱物のことを知りました。彼は鉱山技術部隊の主任で鉱物研究には関与せず,分析をドイツの鉱物学者ローゼ兄弟に託しました。
G.ローゼ(弟)は1839年にこれを新規鉱物として発表し,主要な構成元素がタンタル(73Ta)であると考えましたが,その後H.ローゼ(兄)は,主要な構成元素がニオブ(41Nb)であることを見出し,鉱物標本の使用を許可したサマルスキー=ビホヴェッツに敬意を表して鉱物名をサマルスキー石(Samarskite)としました。
ガドリン石(左)とサマルスキー石(右)
(名古屋市科学館「国際周期表年2019特別展」,令和元年9月・撮影)
スイスの化学者M.ドラフォンテーヌは,1878年,サマルスキー石からのジジミアと他の鉱物からのジジミアでは,吸収スペクトルが一致しないことに気付きました。その翌年に同じことを確認したフランスのボアボードランは,ジジミア(下線があるもの)を用いて分別沈澱を行い,新たな化合物を分離して,それを原料のサマルスキー石からサマリアと名付けました。
稀土類硫酸塩と硫酸カリウムとの複塩(LnⅢK(SO4)2;Ln=ランタノイド)の硫酸カリウム濃厚水溶液への溶解度は,イットリウム族(イットリア(1794年,ガドリン)から分離された元素群)が比較的大きく,セリウム族(セリア(1803年,クラプロート)から分離された元素群)では比較的小さいため,この方法で後者を分別晶出させることができます。
イットリアから得られた元素
21Sc,39Y,64Gd,65Tb,66Dy,67Ho,68Er,69Tm,70Yb,71Lu
セリアから得られた元素
57La,58Ce,59Pr,60Nd,62Sm,63Eu,64Gd
スイスの化学者J.マリニャクは,サマルスキー石にはガドリン石よりもテルビアが多く含まれることを知り,サマルスキー石を用いてテルビアの研究を始めました。その際マリニャクは,硝酸塩の熱分解と,前述の複塩の分別沈澱法を用い,テルビアのほかに二つの新しい稀土類化合物を確認しました。マリニャクは,複塩の溶解度の大きい方をYα,小さい方をYβとしました。
このうち,Yβは1880年にJ.ソレによって上図のサマリアであること,Yαは1886年にボアボードランによってガドリニウムであることがそれぞれ確認されました。Yβについては後に,ボアボードランが得たサマリアからはユウロピウムが分離され,純粋なサマリウムはユウロピウムの発見者E.ドマルセイによって1901年に得られました。なお,サマリウムの元素記号にはSmが提案されましたが,1920年代頃まではSaも使われていました。
強力な磁気材料としての用途
サマリウムの単体は自然界には産出せず,他の希土類元素と同様にサマルスキー石のほかにモナズ石,バストネス石,セル石,ガドリン石などの鉱物中に含まれます。埋蔵量は全世界で約200万㌧と推定され,大部分は中国・アメリカ・ブラジル・インドなどに存在しています。
サマリウムの用途としてとりわけよく知られているのはサマリウム・コバルト磁石でしょう。これはSmCo5の組成を有する金属間化合物です。サマリウム・コバルト磁石の磁力は,フェライト磁石のそれの約千倍で,ネオジム系合金磁石に次いで強力です。
永久磁石の多くは,20世紀以降,日本で発明されました。KS鋼(1917年),MK磁石(1931年),フェライト磁石(1932年),NKS磁石(1934年),鉄・クロム・コバルト磁石(1970年)などです。このうちフェライトは,酸化鉄(Ⅲ)(Fe2O3)と他の金属との複合酸化物で,常温で強磁性を有します。
フェライトは,武井 武らの研究によって開発されました。武井は当初,亜鉛の湿式冶金(酸化亜鉛(ZnO)の硫酸浴での電解還元)を研究テーマとしていました。この工程では,加熱の条件によっては鉱石中の鉄が亜鉛と反応して亜鉄(Ⅲ)酸亜鉛(ZnFe2O4,亜鉛フェライト)になり,亜鉛の収率が低下することが問題になっていました。そこで,亜鉄(Ⅲ)酸亜鉛を生じない焙焼方法を見付け,亜鉛の収率改善を図るのが研究の目的とされたのです。その研究の過程で武井は,亜鉄(Ⅲ)酸亜鉛が急冷によって強磁性を示すようになることを発見したのです。当時はフェライトに関する研究は少なく,武井はフェライトに着目して研究を進め,〝フェライトの父〟とも呼ばれるようになりました。
サマリウム・コバルト磁石は,1968年,米空軍材料研究所のK.スツルナトとA.レイによって開発されました。その強磁性は1970年代初頭に見出され,コンピュータのハードディスク・電気自動車などのモーター・スピーカー・ヘッドホン・スマートフォン・発電機などに広く使用されています。
俵 好夫は,歌人俵 万智の父であり,稀土類磁石の研究者でした。俵もサマリウムコバルト磁石の発明に関わり,1970年から1980年頃まで世界で一番強い磁石でした。そのことを娘は次のように詠じました。
ひところは「世界で一番強かった」父の磁石がうずくまる棚
1980年代になってより良質で安価なネオジム系合金磁石(Nd2Fe14B)が開発されると,サマリウム・コバルト磁石の需要は減りました。しかし,ネオジム系合金磁石のキュリー点(=強磁性体で強磁性が常磁性に移行する温度,磁石が磁性を失う温度)が300~400℃であるのに対して,サマリウム・コバルト磁石は約700℃と高いので,高温下の使用に適します。
様々な磁石
出典:”Alnico magnet assortment”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)
コンピュータ社会と磁気材料
磁気テープの磁性材料にも,サマリウムやネオジムなど稀土類元素の化合物が広く使われています。磁気テープの原型は19世紀末に現れ,第二次世界大戦中にドイツで録音用記録媒体として用いられて実用化されました。
1950年代になると,アメリカを中心にコンピュータ用記録媒体としても使われるようになりました。1951年,米・レミントンランド社(現・ユニシス)が発売した商用コンピュータ(UNIVAC Ⅰ)に搭載されたテープ型ストレージが国勢調査に利用されました。その翌年には,IBM社が3M社の磁気テープを使用したテープユニットを発表しました。記録容量は180MB程度で,それまでの記録媒体の主流であったパンチカードの50倍を超える処理能力がありました。
カードパンチャーとパンチカード
出典:” A woman with a Hollerith pantograph punch, the keyboard is for the 1940 US census population card(Truesdell p.144).”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)
初期のコンピュータでは,磁気テープはプログラムやデータの記録媒体としてコンピュータ周辺装置の中でも特に重要でしたし,事務処理においては,容量の大きいデータの保管,分類に磁気テープ装置が不可欠でした。
録音・録画用途でも,レコードと共に放送業界や一般家庭で普及しました。当初は大型のリールに幅広のテープを巻くオープンリール方式でしたが,その後小型化されてカセット方式も開発され,世界中に普及しました。
様々な他の記録用媒体が登場する中で,磁気テープは,テープの経年劣化が避けられないことやランダムアクセスができないことなどが弱点とされて,役目を終えようとしていました。ところが,大容量化が進み,ハードディスクよりも安価なことが利点とされるようになり,クラウドストレージの普及によって2010年代以降再び増加し始めています。
サマリウムの最新の用途
サマリウム化合物に関連して,2019年に注目すべき研究成果が報じられました。東京大学の西林仁昭教授の研究チームは,ヨウ化サマリウム(SmI2)溶液,モリブデン系触媒,窒素を入れた容器に水を入れて混ぜると,常温・常圧でアンモニアが生成することを見出したのです。アンモニア合成は,水素と窒素を触媒の存在下で高温・高圧にするハーバー・ボッシュ法(HB法)で工業化されており,この新たな方法によれば水素を製造する必要がないことから,今後の成果が期待されています。
参考文献
希土類元素の探求(4),奥野久輝,現代化学・1972年4月(東京化学同人)
「元素発見の歴史3」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「磁気と材料」岡本祥一著(共立出版,1991年)
「希土類の話」鈴木康雄著(裳華房,1998年)
「武井武と独創の群像 生誕百年・フェライト発明七十年の光芒」松尾博志著(工業調査会,2000年)
「楽しい鉱物図鑑②」堀 秀道著(草思社,2003年)
「元素大百科事典」P.エングハグ著,渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)
磁気研究よもやま話 あさき夢みし,俵 好夫,『まぐね』,日本応用磁気学会(2011年)
“A fresh approach to synthesizing ammonia from air and water”,Nature 568,Vol.7753,536-540(2019)
園部利彦
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