硫黄(S)~ラピスラズリと硫黄

ラピスラズリは、人類に知られ利用された石としては最古とされ、古くから宝石や顔料として珍重されてきました。その青色にも硫黄が関与しています。硫黄の二回目は、この美しい青色の石についてです。

ラピスラズリの歴史と名画

ラピスラズリの使用の歴史は極めて古く、エジプトの王朝期以前の遺跡やパキスタンの新石器時代遺跡の埋葬地で、加工されたラピスラズリが発見されています。その多くは切削や研磨などが施された宝石・彫刻・モザイク装飾・花瓶などです。ツタンカーメン王のマスクや正倉院宝物の紺玉こんぎょく帯にも使われており、その深い青色は不滅です。

ラピスラズリはまた、粉末状にして青色顔料として利用されました。欧州に近い産出国はアフガニスタンで、海を越えて運ばれたことから「ウルトラマリンブルー」とも呼ばれました。その価格は普通の青色絵の具の百倍ほどだったとされ、17世紀には金よりも貴重で〝天空の破片〟とさえ呼ばれました。

青が印象的な絵画の中で、17世紀のオランダの画家J.フェルメールの作品「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの娘)」は殊の外有名です。「フェルメールブルー」とも呼ばれるターバンの鮮やかな青色も、ラピスラズリによるものです。多くの画家は、高価ゆえに限られた部分にしか使いませんでしたが、フェルメールはこれを惜しみなく使いました。

フェルメール「真珠の耳飾りの少女」(出典:https://www.mauritshuis.nl/en/)

群青の空のような色

ラピス(lapis)はラテン語で石を意味します。ラピスの語には、中世の錬金術では「賢者の石」を中心として種々の神的・聖的な意味が込められましたが、近代においても石の意味で使われ、英単語では、lapillus(火山れき)という名詞、lapidary(宝石の,石碑に刻んだ)という形容詞、lapidate(石を投げる)という動詞などが類語として挙げられます。

次に、ラズリ(lazuli)の語の原型は、トルキスタンの地名のlazhward(ペルシア語)を起源とし、それがアラビア語に入ってできたlazwardラズワルドで、天・空・青などの意味です。したがって、ラピスラズリとは〝群青の空の如き色の石〟という意味なのです。

東洋では、群青は大乗仏教で極楽浄土を飾る七宝しつぽう七珍しつちんとも)の一つに数えられる瑠璃るりのことです。無量寿経では、七宝は金・銀・瑠璃・玻璃はり(水晶)・硨磲しやこ(シャコ貝)・珊瑚さんご瑪瑙めのうです。(経典により異同があります)

宝石の取引上の分類では、いわゆる四大宝石(ダイヤモンド,ルビー,サファイア,エメラルド)は貴石(precious stone)、貴石以外の全ての宝石は半貴石(semi-precious stone)と呼ばれ、ラピスラズリは半貴石に含まれます。(国や専門家により分類などの基準は異なり、宝石業界内にも他説があります)

ラピスラズリ(アフガニスタン産)と顔料の群青

 

ラピスラズリの青色は硫黄による

ラピスラズリは、方ソーダ石族の鉱物である青金せいきん石(lazurite,代表的な組成式は(Na,Ca)8(AlSiO4)6(SO4,S,Cl)2)を主成分とし、同じ族の方ソーダ石・藍方らんぽう石・黝方ゆうほう石など複数の鉱物を含む固溶体で、花崗かこう岩との接触部で接触変成作用を受けた石灰岩に多く見られます。

*固溶体: 2種類以上の元素による固体の結晶質で、合金の多くも固溶体です。青金石の上記の組成式では、(ナトリウムとカルシウムの原子数の総和):(AlSiO4の個数)の比は常に8:6ですが、ナトリウム及びカルシウムの各々の原子数には多様性があることを表しています。

アフガニスタンが産地として昔から知られていますが、チリ,イタリア,ロシアなどでも産出します。ラピスラズリの石には、黄鉄鉱が混在して黄金色の細粒が斑点状に散らばったものがあり、それはさながら蒼穹に輝く星のようです。(写真手前側の部分がそれだと思われます)

さて、ラピスラズリの瑞々しい青色は、意外なことに金属元素によるものではなく、硫黄によるものなのです。
方ソーダ石族の鉱物は立方晶系のアルミノシリケートで、その基本骨格はアルミニウム原子またはケイ素原子を4個の酸素原子が囲んでできた四面体が立体的につながった構造です。この骨格は堅固で、結晶構造を変えることなくイオン交換が起きます。しかも骨格の内部には比較的大きな空隙くうげきがあり、そこに種々のイオンが入り込みます。例えば方ソーダ石ではナトリウムイオンと塩化物イオンが入っており、黝方ゆうほう石ではナトリウムイオンと硫酸イオンが入っている、という具合です。主成分の青金石はナトリウムイオン,カルシウムイオン,塩化物イオン,硫酸イオンに加えて硫黄のイオンを含み、藍方らんぽう石では、青金石に含まれるイオンのうち塩化物イオンだけを含みません。

ラピスラズリが遷移元素を含まないのに深い青色を呈する理由としては、酸化数が異なる複数種類の硫黄のイオンが共存し、それらが共鳴しているからだと考えられています。共鳴とは、分子などの構造が複数の構造の重ね合わせになっている状態で、ラピスラズリの場合、複数種類の価数の硫黄陰イオンが存在しているわけです。

群青がラピスラズリを粉砕し精製してつくられていた頃は高価でしたが、1828年にドイツの化学者C.グメリンが初めて合成法を考案してから安価になりました。現在では、カオリン,珪藻土,硫黄,炭酸ナトリウム,木炭を原料としてつくることができます。群青の合成研究の過程では、骨格の空隙に入っているイオンに色の原因があることも明らかになり、硫黄の代わりにセレンを入れると血赤色になり、テルルでは黄色になることも分かりました。

群青は、絵の具・塗料・印刷インキ・プラスチック類の着色剤などとして広く使われています。耐酸性は低いですが、アルカリ性には比較的強い性質です。しかし、強アルカリ性でカルシウムイオンが存在すると、ナトリウムイオンが交換されて褪色しやすくなるため、セメントの着色には不向きとされます。

 

参考文献:
「化学大辞典」(共立出版,1989年)
「科学用語独-日-英語源辞典・ラテン語篇」大槻真一郎著(同学社,1997年)
「鉱物・宝石のすべてがわかる本」下林典正,石橋 隆監修(ナツメ社,2018年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。