ゲルマニウム(Ge)~メンデレーエフが予言した元素

今年は、ロシアのメンデレーエフが元素の周期性について発表して150周年を記念する「国際周期表年」です。メンデレーエフは、発表当時の周期表中にあった空所に入るべき元素を想定して仮称を付け、既知の同族元素を考慮してその性質を予言しました。今回は、そのうちゲルマニウムについてまとめます。

メンデレーエフと周期律

1867年、D.メンデレーエフはロシア・ペテルブルグ大学の化学教授となり、講義のための教科書『化学の原理』の執筆を始めました。その過程で、当時知られていた63種の元素をどのような順序で解説すべきかを考え始めました。

彼は、原子価などの化学的性質の類似した元素群の原子量を比較し、次のような例をいくつか見出しました。(括弧内の数値は現在の原子量)

● 化学的性質が類似の元素がほぼ同じ原子量を有する例
・・・ オスミウム(190)・イリジウム(192)・白金(195)

● 化学的性質が類似の元素の原子量が規則的に増加する例
・・・ カリウム(39)・ルビジウム(85)・セシウム(133)

こうしたことからメンデレーエフは、元素を原子量の順に並べると、その性質が周期的に変化することを見出したのです。メンデレーエフは、それに関連して未知元素の存在を示唆しました。彼は、周期表を発表するにあたり、表中のホウ素,アルミニウム,ケイ素,マンガンの下に位置する元素に、「エカホウ素」,「エカアルミニウム」,「エカケイ素」なる暫定名を付け、これらが未発見の元素であるとして性質を予言したのです。

「エカ」(eka)はサンスクリット語の数詞で1を意味し、周期表中で一つ下の元素(次の周期の同族元素)を示します。周期表中で二つ下の元素には、2を意味する数詞「ドビ」(dvi)が使われました。例えばドビマンガンはレニウムということになります。(エカマンガンは,テクネチウムとレニウムの総称として使われたこともあります)

現在の周期表

ガリウム(エカアルミニウム)は、1875年にフランスのP.ボアボードランが閃亜鉛鉱から、スカンジウム(エカホウ素)は、1879年にスウェーデンのL.ニルソンがガドリン石からそれぞれ発見しました。

ゲルマニウムの発見

ドイツのフライベルグ鉱山専門学校の無機化学教授であったC.ヴィンクラーは、1885年秋に近くの鉱山で発見された新種の鉱石の分析を依頼されました。この鉱石は銀を含むことから、ラテン語の銀(argentum)にならって「アージロード鉱」と名付けられました。(銀の語源については過去のブログ”世界遺産になった日本の銀の歴史”を参照)

ヴィンクラーは、アージロード鉱の元素組成を測定しましたが、銀74.7%,硫黄17.4%,酸化鉄(Ⅱ)0.7%,酸化亜鉛0.2%,水銀0.3%と、何度実験しても6.7%分が不足でした。彼はその正体が新元素であるとの見通しに立って追究し、翌年になってアージロード鉱の組成をAgGeSであると確定させたのです。そして、彼はその新元素の名称をドイツの古称ゲルマニア (Germania) に因んでゲルマニウムとしました。

ゲルマニウムの性質は、エカケイ素として予言された性質と良く一致しました。例えば、エカケイ素は原子量72,密度5.5g/㎤と予言され、ゲルマニウムでは72.6,5.3g/㎤でした。

メンデレーエフが予言した三つの元素は、こうして10年余の間に全ての実在が確認され、奇しくもそれらは全て発見者の故国に因んで命名されました。ヴィンクラーはメンデレーエフから祝辞を受け取り、二人は生涯を通じて友情で結ばれたといいます。メンデレーエフが発表した周期律と周期表は、こうして支持を得ていったのです。(その後、周期表は原子番号順に配列されるようになりました)

ゲルマニウムは、一部の化合物が医薬品として研究され、当初ヴィンクラー自身も有機ゲルマニウム化合物を合成しましたが、取り立てて用途が見出されない状態が続きました。しかし、第二次大戦でのレーダー技術の進展でマイクロ波用の高性能検波器が必要となり、半導体としての性質を有するゲルマニウムが脚光を浴びることになります。

ゲルマニウムの用途-検波器から半導体材料へ

AMラジオ放送では、搬送波の振幅の変化で音声信号を表現しており、これを振幅変調といいます。変調波から音声信号を取り出すには、受信した電波を整流して音声信号を取り出す操作が必要で、これを検波(または復調)といいます。すなわち、人間の耳には聞こえない高周波の電波から検波回路で音声信号を取り出すのです。

鉱石には検波作用を有するものが多くあり、方鉛鉱や黄鉄鉱などが知られています。1874年、ドイツの物理学者K.ブラウンによって金属硫化物に金属針を接触させると整流作用が生じることが発見され、半導体の性質を有する鉱石に金属針を接触させたダイオードが考案されました。

こうした鉱石検波器を使った受信機は20世紀初頭から作られるようになり、初期には軍事用無線電話に使われましたが、しばらくしてラジオ受信機として民生用にも広く普及しました。いわゆる「鉱石ラジオ」は、真空管やトランジスタなどによる増幅などを行わないので、電源なしで(受信した電波のエネルギーだけで)音声を聴くことができます。

黄鉄鉱を使った鉱石検波器

検波回路で使われるダイオードは半導体の性質を利用した部品で、ゲルマニウム製のダイオードは微弱な信号でも検波できることから、検波器に適していました。検波器用鉱石よりも小さく、安定した検波性能を示したのです。ゲルマニウム製のダイオードが出現した時には、既に真空管が登場しており、次いでトランジスタも普及しました。

検波器用のゲルマニウム単体(大きさは約7㎜)(丸い台座はハンダ,直径約12㎜)

ゲルマニウムの半導体作用が知られると、状況は一変しました。1947年にアメリカのベル研究所で増幅作用が初めて確認された点接触型トランジスタは、それに続く合金接合型トランジスタと共にゲルマニウム製のトランジスタでした。ゲルマニウムは比較的融点が低く、半導体用の高純度単結晶が容易に得られたため、初期の半導体で重宝されました。トランジスタ効果を発見したJ.バーディーン,W.ブラッテン,W.ショックレーの三人は、1956年のノーベル物理学賞を受けました。

ゲルマニウムダイオード(1N60)

ゲルマニウム製のトランジスタは高温に弱く、動作温度範囲の上限が制約されがちでしたので、動作安定性が良好なケイ素製のトランジスタがその後の主流になりました。しかしその後、ケイ素製のトランジスタの高速化の限界から、電子移動度がより高く省電力化が期待できるゲルマニウム製のトランジスタが今では注目されています。

 

参考文献:
「化学元素発見のみち」D.トリフォノフ・V.トリフォノフ著,阪上正信・日吉芳朗訳(内田老鶴圃,1996年)
「楽しい鉱物図鑑2」堀 秀道著(草思社,2003年)
「元素大百科事典」P.エングハグ著,渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。