アメリカ、カリフォルニア州でのワイン造りについて少し紹介しよう。葡萄からワインができるまでの工程には様々な化学反応が関係していて、ワイン造りには化学の知識や経験が参考になる。
カリフォルニアの気候と葡萄
アメリカワインの歴史は意外と長く、16世紀ごろから始まったとされている。その頃にスペインから葡萄の苗木が持ち込まれたことや、フロリダに自生する葡萄でのワイン造りについてなどが記録に残されている。カリフォルニアワインの歴史についてはUC Davis(カリフォルニア州立大学デイビス校、ワイン・食品研究所で有名)の図書館のホームページなどで丁寧に紹介されている。カリフォルニアには現在、多種多様なワイン用の葡萄が栽培されている。19世紀前半にフランスのワインの名産地ボルドーからブドウの苗木がカリフォルニアに持ち込まれ、さらにゴールドラッシュの時代には多くの人の流れに伴ってヨーロッパから色々な葡萄の苗木が持ち込まれた。カリフォルニアはアメリカの中でも特にワイン用ブドウ栽培に適した土地である。日照時間が長く収穫の時期に雨がほとんど降らないため、葡萄の糖度が上がりやすく、ワイン造りに適した状態になる。赤ワイン用の葡萄の種類としてはフランスボルドー地方由来のカベルネ・ソーヴィニョン、ブルゴーニュ地方由来のピノ・ノワール、カリフォルニアの独自品種と考えられてきたジンファンデル(1990年代にイタリアプーリア地方の葡萄、プリミティーボと同じDNAを持つことが確認される)などがたくさん使われている。白ワイン用の葡萄の種類としては、ブルゴーニュ地方由来のシャルドネ、ボルドー地方由来のソーヴィニヨン・ブランがよく知られていて、他にもたくさんの種類の葡萄からワインが造られている。
カリフォルニアのワイナリーと個人ワインメーカー
カリフォルニアには約4,200ものワイナリーがあると推計されている。カリフォルニアのワイナリーとしては、E. & J. Gallo Winery、Ridge Vineyards、Opus One、Robert Mondavi、Screaming Eagleなどが有名で、E. & J. Gallo Wineryのワイン生産量は世界トップである(2020年時点)。また、アメリカでは醸造行為は禁じられていないので、ビールやワインなどのホームブルワリーを趣味の一つとして楽しむ人がたくさんいる。ただし販売には特別な免許が必要である。残念ながら日本では酒造法にて個人レベルでのアルコール醸造は禁じられている。アメリカにおいて、個人ベースでホームワイン造りを楽しんでいる人は少なくとも数万人以上いると推定される。ビール醸造を趣味とする人の数はさらに多く100万人以上いると推計されている。
ワイン造りの流れ
個人レベルでのワイン醸造における主な工程は次の通りである。
1.葡萄の入手
2.葡萄の破砕(除梗)と殺菌
3.一次発酵
4.圧搾と二次発酵
5.ラッキング(滓(おり)引き)
6.樽熟成
7.瓶詰め(コルク栓)
8.瓶熟成
1.葡萄の入手
葡萄は一般的にVineyard(葡萄園)や葡萄農家から買い付ける。すでに同じVineyardから買い付け経験があれば、インターネットやメールなどでの注文が可能である。葡萄の種類や特徴、収穫時期などの情報をオーナーから提供してもらい、慎重に葡萄の良し悪しや自分好みであるかどうかを判断しながら購入する。カリフォルニアではワインの同好会や地域ごとの協会があるので、経験者から葡萄園の情報等を得ることができる。様々な情報を判断して、自分のワイン造りと予算に見合ったものを入手する。
写真は葡萄の買い取り注文書の一例である。今回はラッキーにも大手の葡萄園兼ワイナリーであるStill Waters Vineyard(カリフォルニア、Paso Robles市)からの買付けに参加させていただけることになった。Still Waters Vineyard では2022年9月にZinfandelの葡萄を一ポンド(0.45 kg)当たり1.70ドルで販売している。葡萄の品質や味、値段は地域やVineyardによって異なっている。Vineyardによってはその葡萄からの発酵スタートに欠かせない情報(pHなどの測定値)や、除梗、初期殺菌のサービスをしてくれるところもある。このVineyardsでは、葡萄の除梗作業と殺菌作業、さらにその葡萄液のpH、Brix(糖度)、TA(全酸度または総酸度)の計測値とともに葡萄を提供してくれている。2022年9月22日収穫の当葡萄園のZinfandelの葡萄液は、pH:3.65、Brix:21.4、TA:0.623であった。
2.葡萄の破砕(除梗)と殺菌
一次発酵を行う前に葡萄についている大きめの茎や枝などを除く必要がある。この作業を除梗という。ホームブルワリー用の破砕機(クラッシャー)を自宅に置いている個人ワインメーカーも多い。ここでは、Vineyardの大きな破砕機を用いた様子を写真で示した。葡萄を収穫する際に混じったものはこの段階で取り除かれる。赤ワインの場合には葡萄の皮や種がワインに色や味風味を加えるため除かない。白ワインやロゼワインを造る場合には、除梗と圧搾を同時にするなど葡萄の収穫後すぐ、発酵の前に圧搾作業をして皮や種を取り除く(イラスト参照)。そうでないと皮の色や味が葡萄液に移行してしまうからである。破砕(除梗)後の葡萄液を適度の大きさの樽(個人規模では写真のような約50-60L程度のサイズのプラスチックの桶が一般的)に移す。赤ワインの場合は、発酵とともに皮や種から徐々に香り、味が葡萄液に抽出されていく。
赤ワインの製造工程
白ワインの製造工程
イラストおよび情報提供ご協力:葡萄畑ココス ブログ「趣味のワイン」
https://cocos.co.jp/blog/farmentation/red-white-wine/
Vineyardの葡萄に農薬がどの程度使われているかは、その葡萄園オーナーまたは葡萄農家の方針によって異なっている。著者が今回訪問したいくつかの葡萄園においては、栽培中の葡萄に蟻やわずかなカビが見られたところから殺虫剤や殺菌剤などの種類の農薬の使用が非常に低いと推察された。葡萄液には糖が多く含まれることから、カビや雑菌が繁殖しやすい。ワイン造りにおいては、一般的に二酸化硫黄SO2による除菌が行われる。SO2による除菌のためには、ワインメイキング専門店*などからメタ重亜硫酸カリウム(別名ピロ亜硫酸カリウム、K2O5S2)を入手し、10%水溶液にしてから葡萄液全体の量に対してSO2濃度が30 ppmのレベルになるように加えられる。
メタ重亜硫酸カリウムは葡萄に含まれる酸(酒石酸、クエン酸など)によって徐々に亜硫酸ナトリウムと二酸化硫黄に変化する。メタ重亜硫酸カリウムから生成した亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)からも二酸化硫黄が発生する(下式)。
Na2S2O5→Na2SO3+SO2
Na2SO3+2H+→2Na++H2O+SO2
水溶液では次のような平衡が生じるため、厳密には葡萄液のpHによってメタ重亜硫酸カリウムの必要量が異なる。pHが低いほど添加するメタ重亜硫酸カリウム(必要なSO2の量)は少量でよい。
圧搾した葡萄液に、メタ重亜硫酸カリウムを加えて1日おいてから発酵段階に進む。
*カリフォルニア州のベイエリアでは、More Beer! & More Wine! という販売店にてワイン造りに必要な備品や消耗品が大抵入手できる。また、アマゾンなどのオンラインショップでも販売されている。
3.一次発酵
一次発酵は、葡萄に含まれるブドウ糖(グルコース)が酵母のはたらきによってエタノールと二酸化炭素に分解される反応を行う過程である。おおむね10~15日ほどかけて行われる。葡萄そのものに天然の酵母が付着しているため、それを用いて天然発酵させることも可能であるが一般的なワイン造りではワイン用葡萄の種類に応じて選抜された酵母を購入して投入することが多い。この酵母も専門店*から入手できる。酵母や発酵促進剤の必要量もオーソドックスなレシピに従うと、1ガロン(3.8L)の葡萄液に対して必要な酵母の量は、Brix値が24以下の場合1.0 g、Brix値が25以上だと1.25 gとなる。酵母を加える際に、酵母の発酵を促進するビタミンやミネラルを含んだ発酵促進剤(GO-FERM®など)を同時に加える。糖度が約三分の一減ったらさらに次の追加発酵促進剤(たとえばFERMAID K™、アンモニウム塩、アミノ酸、ビタミンなどが主成分)などが加えられる。
発酵の速度は、温度(気温や室温)、葡萄液の糖度によってかなり異なる。今回、Zinfandelの葡萄の買い付けの時期(2022年9月末ごろ)は気温が高かったこともあり、発酵は非常に速く10日足らずでBrix値がほぼゼロになるまでに進んだ。このように気温が高いことにより一次発酵、つまりブドウ糖からアルコールへの転換反応が急速に進むこともある。一方で、2022年10月中旬に一次発酵を開始した葡萄Petit Syrahについては、気温が低い時期となり、アルコールへの転換反応20日以上の時間を要した。
発酵の進み具合は、糖からエタノールへの転換を知るためにBrix計で糖度を毎日はかって糖の減り具合を確認していく。発酵の度合いに関して酸度の測定は絶対ではないが、pH計または滴定などを用いて酸度もチェックするとよい。一次発酵が完結すると、Brix値(すなわち糖の含有量)がほぼゼロにまで減少する。赤ワインの場合には一次発酵の途中、酵母による発酵によって二酸化炭素の発生によって皮や種が上に浮いてくるのを観察できる。皮や種を下に沈めるパンチングと呼ばれる作業を1日少なくとも2回行うことによって皮や種の香りや味の成分を葡萄液の方に徐々に抽出することができる。また、温度が高すぎて一次発酵が極度に速く進んでしまうと、この抽出が十分にできないため、場合によっては樽を冷暗所で保管するまたは冷やす作業によって発酵速度を遅延させる必要がある。発酵の反応は発熱反応なので、発酵過程には室温だけでなく樽内の温度も上がることに注意が必要である。一次発酵では限りなく糖をエタノールに変換することが大切である。糖が残存するとカビなど雑菌の繁殖のリスクが上がり、よいワインに仕上がらないためである。赤ワインの場合には、一次発酵が終わってから圧搾機によって種と皮を取り除く作業を行い、樽の中で二次発酵の作業に移行する。
*Brixとは
20℃のショ糖溶液の質量百分率に相当する値で定められている。例えばBrix値が21の葡萄液はショ糖21%水溶液と同じ糖度である。測定方法には屈折率を使ったデジタル糖度計も市販されているが、古くから糖度と密度(比重)のリニアな関係から写真のような簡単なガラス製の糖度計で計測することができる。封入されたガラス管の下部に金属の錘が入っており、比重によって浮き沈みする原理を使っている。高糖度の液体は密度が大きいため、この糖度計は液面近くで浮くことになり、だんだんと糖度が下がると密度が小さいためこの糖度計が液底の近く沈むようになる。
*TA(総酸度)とは
基本的にTAとは、ワインに含まれる有機酸の総量を示す。ワイン(葡萄液)には酒石酸やリンゴ酸、乳酸等の複数の酸が含まれている。もともと葡萄に含まれている酸から、発酵の過程で生成する酸もある。酸の総量は発酵の過程に影響を与え、さらにワインの味、色などにも影響する。日本ではワインの酸度の分析法は国税庁所定分析法の『果実酒』の項目にて規定されていて、アメリカでも同様に規定されている。ワインの10倍希釈水溶液を水酸化ナトリウム水溶液によって中和滴定し、pH 8.2(フェノールフタレインの示す終点)まで必要であった水酸化ナトリウム溶液の消費量から求めることができる。pH計をもっていればビュレットなどの滴定器具がなくてもTAを求めることができる。一般的にTAはワインの味わいにかかわる指標、pHはワインの品質 管理にかかわる指標と考えられている。
葡萄園にて、葡萄の重量やpHの計測
葡萄園の破砕機にて、葡萄の除梗作業をする様子
小規模な破砕機
酵母
Brix(糖度)計
第一発酵の様子(左)1日後、(右)数日後
参考資料
カリフォルニアワインの歴史
“https://library.ucdavis.edu/news/short-history-wine-making-california/”
“https://en.wikipedia.org/wiki/California_wine”
The National Association of American Wineries
“https://wineamerica.org/economic-impact-study/california-wine-”
“industry/#:~:text=Creation,the%20wine%20industry’s%20economic%20activity.”
How Homebrewing Impacted Modern American Beer
“https://www.winemag.com/2021/02/22/homebrewing-impact-modern-american-beer/”
More Beer! & More Wine!
“https://morewinemaking.com/about/retail”
“The World’s Top Ten Biggest Wine Companies”, Good Pair Days
“https://blog.goodpairdays.com/top-ten-biggest-wine-companies/”
USA Wine Ratings
“https://usawineratings.com/en/blog/insights-1/how-many-wineries-are-there-in-the-united-states-37.htm”
E. & J. Gallo Winery
“https://www.gallo.com/”
趣味のワイン | ワインの通販 葡萄畑ココスのブログ
“https://cocos.co.jp/blog/farmentation/red-white-wine/”
“https://cocos.co.jp/blog/farmentation/my-wine-making/”
Home Wine Making Laws in California
“https://liquorlicensenetwork.com/home-wine-making-laws-in-california/”
山﨑 友紀
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