不活性!?生態系を循環する窒素 ~液体窒素の実験~

元素記号N、原子番号7の元素、窒素。空気中に約78%含まれ、自然界にもいろいろな形で存在している。窒素N2は無色、無味、無臭で毒性がなく、不活性な気体の代表例でもある。この窒素が化学的に「不活性」であることは、地球大気の歴史において、窒素だけが他の成分と異なり、何億年もその量が大きく変化しなかったことの原因になっている。例えば太古の地球大気の主成分であった二酸化炭素は、水に溶け、大陸を作ったり植物の光合成に使われたりしてその濃度が著しく減少していった。そして現在大気中に約21%含まれる酸素は、初期の地球の大気の中にはほとんど含まれていなかったが、生命体の発現・進化と植物の光合成、そして金属などの酸化による岩石の構成などの化学反応に積極的に参加して増減し、今の濃度に落ち着いた。

さて、窒素は不活性な気体であるとはいえ、地球上で例えば「大気→放電→土壌→微生物→植物→動物→微生物・・・→大気」などと無機(たとえばアンモニア態や硝酸態)または有機分子(たとえばアミノ酸やタンパク質)に姿を変えながら循環している。長い間、大気中の窒素N2だけでなく、この窒素循環を総合した窒素すべての収支バランスは安定であった。しかし肥料や化成品など人工的な窒素利用がそこに加わり、近年その収支バランスが崩れつつあることわかっている。

我々の細胞を構成している主要成分のひとつであるタンパク質はアミノ酸がペプチド結合(-CONH-)でつながってできており、窒素Nが生物に不可欠であることは一目両全だ。植物の肥料の三大元素はN・P・K(窒素、リン、カリウム)であり、窒素はアンモニア態(NH4+)または硝酸態(NO3)などのイオンの形で水に溶け、植物には根から吸収される。畑の肉と称される大豆などマメ科の根に共生する根粒菌だけが、大気中の窒素を無機分子に変換し、マメ科植物の発育を助けている。

レンゲソウの根粒
Keisotyoによる”Astragalus sinicus(Fabaceae) Japanese name:Genge” CC BY-SA 3.0(WIKIMEDIA COMMONS)

 

実験1 液体窒素の製造と取扱いの注意点

液体窒素(沸点-196℃)の原料は自然界に存在している空気だ。最初に空気中の塵や二酸化炭素、水分などの不純物が除去され、できるだけ純粋な液体空気をつくってから、液体酸素と液体窒素に分離して製造されている。空気中の塵などの微粒子はフィルターにて取り除かれ、二酸化炭素は吸収器で分離される。水分は乾燥機で除去され、有機物は油分分離器などで除去される。空気の液化には-200℃程度までの冷却または―150℃程度の冷却と大気圧の37倍程度の加圧が必要である。

液体窒素製造装置と液体窒素保存容器
Toby Hudsonによる” Liquid nitrogen storage facility at the School of Chemistry, The University of Sydney, New South Wales (NSW), Australia. ” CC BY-SA 3.0(WIKIMEDIA COMMONS)

液体窒素は-196℃で気化するため、断熱容器に保管されるが完全な断熱は出来ない。窒素の場合、液体から気体に状態変化すると、体積が約700倍に膨張する。液体窒素の容器を完全に密閉すると蒸発した気体によって圧力が著しく上がって容器が破裂を起こす可能性があるので、決して密閉してはいけない。

上記のように、液体窒素は気体となって少しずつ保存容器から漏れ出ていることを知っておく必要がある。液体窒素を保管している部屋では、必ず喚起が必要である。また利用の際に、液体窒素が大量にこぼれてしまった場合、急速に気体となった窒素が空気を押しのけて酸素濃度を低下させる。無色、無臭のためその現象に気づかずに酸欠を引き起こす危険性がある。空気中の酸素濃度が16%を切ると、われわれ人においては頭痛や吐き気などの症状が起こり、10%を切ると中枢神経障害または死亡の危険性が高くなる。

 

実験2 液体窒素を使った極低温の化学

1.シャルルの法則(液体窒素とゴム風船)

圧力が一定の条件で、温度Tと体積Vが比例関係になる法則を「シャルルの法則」という。温度Tが下がると体積Vが減少し、温度Tが上がると体積Vが増加する。ゴム風船を膨らませたあと、デュワー瓶に漬けてしばらく待ち、小さくなると持ち上げるというシンプルな実験だ。

(動画提供:公立大学法人 都留文科大学教養学部学校教育学科山田暢司特任教授)

動画では、一度空気または呼気で膨らました風船を液体窒素につけるとあっという間に縮んでしまい、それを室温に戻すとまたもとの大きさに戻る様子が示されている。

2.超伝導体ジェットコースター

超電導体と磁石のあいだには反発力が働く。超電導物質の「マイスナー効果」と「ピン止め効果」をうまく使うと、ジェットコースターのように自動でレールの上を走ってくれる「超伝導体ジェットコースター」をつくることができる。

例えばガドリウム系の超伝導体バルク(円盤状)一つを液体窒素に10分程度浸して十分冷却しておく。レールは縦長のネオジム磁石を同じ極がすべて上になるように並べて連結させて作っておくとよい。

超電導体ジェットコースターの様子
(動画提供:公立大学法人 都留文科大学教養学部学校教育学科山田暢司特任教授)

超伝導物質は室温では、永久磁石(ネオジム磁石など)からの磁場を通過させるが、液体窒素などの極低温に冷却されると、ほとんどの磁場をはね返すようになるため、ほとんどの磁場が湾曲し、磁石の上に浮く現象を引き起こす(マイスナー効果)。ただし、超電導物質の内部のわずかな超電導でない欠損部が磁場を通す穴となるため、超伝導体が磁石のレールから脱線せずにレール上を走れる力が働く(ピン止め効果)。

動画の中で、超伝導体が磁石のレールの上を移動する。カーブでガードがないのにスムーズに曲がっていくことに注目してほしい!

3.液体酸素を観察してみよう

ボンベ(5Lなどの小さいものでも可)に入った実験用の酸素を、ゴム風船にバレーボール程度の大きさになるまで注入する。風船の口は結ばずに空の試験管の口にかぶせる。その試験管の底(高さ3分の1程度)をデュワー瓶に入った液体窒素に浸す。風船内の酸素が徐々に冷やされて液化し、試験管の中に入っていく。よく見ると淡い青色の液体酸素を観察することができる。ちなみに酸素の沸点は−183℃で窒素の沸点よりも高い。液体窒素をデュワー瓶の中に長時間放置すると、空気中の酸素が徐々に冷却、濃縮されて液体酸素となって液体窒素の中に混ざることがある。

液体酸素の様子
(写真提供:公立大学法人 都留文科大学教養学部学校教育学科山田暢司特任教授)

液体酸素に関する実験ブログはこちらから

 

参考文献:
「液体窒素を用いた実験」、化学と教育 56巻8号(2008年)
液体窒素の製造方法、川口液化ケミカル株式会社:https://klchem.co.jp/blog/2010/12/post-1366.php
液体窒素を使って極低温の世界を観察する:http://rakuchem.com/tyoteion.html
京都大学生態学研究センター、木庭啓介教授インタビュー:http://shochou-kaigi.org/interview/interview_49/
高効率窒素プラント導入、工場・事業場間一体省エネルギー事業(山陽エア・ケミカルズ株式会社(岩谷産業グループ)、三井化学株式会社):https://sii.or.jp/cutback30/uploads/osaka_03_sanyoairchemicals.pdf
千葉大学理学部極低温室、窒素の取り扱い:http://physics.s.chiba-u.ac.jp/cryo2/nitrogenatukai.html

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山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。