ジジムとプラセオジム
プラセオジム(Pr)とネオジム(Nd)の混合物は、むかしジジム(Di)というひとつの元素であると考えられていた。1885年にジジムがこれら2種類の元素が混じったものであることがわかり、現在のプラセオジム(緑色のジジムの意)とネオジム(新しいジジムの意)と命名された。現在でも、その名残があり、これらの混合物を「ジジム」とよぶ場合がある。希土類(レアアース)のなかで最も相互に分離することが難しい元素の組み合わせとして知られている。プラセオジムを含むガラスは溶接マスクの窓に使用されている。
図1 溶接を行う様子(マスクの窓にプラセオジムが用いられる)
プラセオジムイエロー
最もよく知られているプラセオジムの応用例は、ジルコンZrSiO4中にプラセオジムを固溶させたセラミックス黄色顔料(プラセオジムイエロー)である。この顔料は、耐熱性に優れるだけでなく、化学的にも安定なので、1956年に我が国で開発されて以来、焼き物に用いられる釉薬の着色剤として使用されている。この顔料は原料であるSiO2、ZrO2、Pr6O11を混合し、フラックスを加えて1100°Cで焼成することにより得られる。この顔料は、有害なカドミウムやアンチモンを含む従来の顔料に匹敵する黄色の発色を示す。顔料の色は、可視光線を選択的に吸収することによって現れ、吸収された色の補色が色として見える。 図2に示すように、プラセオジムイエローは400~520 nmの青色に相当する波長領域の光を大きく吸収するため、その補色であるわずかに緑みを帯びた黄色を呈する。また、540nmより長波長の領域における反射率が約80%と高いため、図3(右)に示すように、明るく極めて鮮明な黄色になる。セラミックス以外では透明水彩絵具のレモンイエロー色に応用されている。着色力や隠蔽力が小さいために、プラスチックの着色や塗料には用いられず、セラミックスの着色用途が大部分を占める。
図2 プラセオジムイエローの紫外可視反射スペクトル
図3 硝酸プラセオジム水和物(左)、酸化プラセオジム(中)、プラセオジムイエロー(右)の写真
また、プラセオジムはその化合物によって色が異なることも興味深い。上の図3(左)は硝酸プラセオジム水和物(Pr(NO3)·nH2O)、(中)は酸化プラセオジム(Pr6O11)の写真であるが、それぞれ薄い緑色と黒色になる。前者はPr3+が波長445 nm(青)、470 nm(青)、482 nm(青)、及び595 nm(橙)に4f軌道間の遷移に基づく鋭い吸収を示すため、吸収されない光である緑色になる。ただし、これらのモル吸光係数は1より小さいため、薄い色になる。一方、後者はPr6O11の化学式からわかるように、ひとつの酸化物中にPr3+とPr4+が混在しているため、黒色から暗紫色になる。
赤色顔料と赤色蛍光体
プラセオジムイエローに限らず、最近研究されている人体や環境に有害な元素を含まない、いわゆる「優環境型」の無機着色顔料には希土類元素を含むものが多い。これは、希土類元素は経口摂取による吸収率が極めて低いことや、発ガン性や催奇形性が見いだされていないことなどから、毒性を示す可能性がほとんど無いに等しいと考えられているからである。なかでも、酸化セリウム(CeO2)と酸化プラセオジム(Pr6O11)の複合酸化物(Ce1-xPrxO2) は赤色を呈することが知られている。一例として、CeO2とCe0.99Pr0.01O2複合酸化物の紫外可視反射スペクトルを図4に示す。CeO2中にプラセオジムイオンがわずか1%固溶するだけで、600 nm以下の波長域における反射率が低下し、色が淡黄色から赤褐色に変化する。この顔料は、CeO2とPr6O11の固相反応法(空気中、1200~1500°Cで焼成)あるいはシュウ酸やアンモニア水を沈殿剤とする共沈生成物を焼成する方法などで合成できるが、いずれの合成法においても、プラセオジムイオンの濃度が5%前後のときに最も赤色の呈色が強くなる。
図4 CeO2とCe0.99Pr0.01O2の紫外可視反射スペクトル
また、プラオジムイオン発光を利用した蛍光材料の研究も行われている。例えば、母体のバンドギャップ(BG)励起に基づくプラセオジム添加酸化物蛍光体として、Pr3+を固溶させたLa1/3NbO3 (BG: 3.2 eV)やLa1/3TaO3 (BG: 3.9 eV)を波長375 nmの近赤外光で励起することにより、それぞれ赤色と青緑色に発光することが報告されている。
参考文献:
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増井 敏行
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