血痕の検査

犯罪捜査のための血痕検査

犯罪捜査において、血痕は犯罪発生時の状況を推測(犯罪現場の特定)したり、あるいはDNAを採取して犯罪の加害者や被害者を特定(個人識別)するのに非常に重要です。しかし、付着している部位や色によって、醤油・錆などのシミと時間の経った血痕を見間違えることがあります。そのため、犯罪現場で血痕を見つけだしたり、血痕が疑われる場合にそれが血痕か否かを検査する必要があります。血痕が疑われる場合に予備検査が行われますが、それだけでは本当にヒトの血液か否かは判断できません。血痕らしく見えても,それは調味料や錆かもしれません。現在の法医学(法科学、鑑識科学)では本当に血液であることの証明のために、血痕確認検査(本検査)、さらにヒトの血液であることの証明のために人血検査を追加して行い、ヒトの血痕の在否を詳細に検討します1)

 

ルミノール法

着衣が黒い場合などでは、血痕の有無さえもそのままでは判りません。このような場合や犯罪現場では、従来から予備検査として、ルミノール法がよく使われてきました。刑事ドラマでよく見かける、犯罪現場で暗幕を張って試薬を吹きかけ、血痕を探している場面です。過酸化水素(H2O2)とルミノール試薬(C8H7N3O2)を混ぜ、暗所で血痕がありそうな範囲に噴霧すると、血痕が青白い蛍光を発するので血痕の位置が確認できます。ヘモグロビンの触媒作用によりルミノールが3-アミノフタル酸に変化する際に発する424 nmの化学発光を利用しています2)

図1. ルミノール試薬による血痕予備検査の反応図
ヘモグロビン(Hb)の触媒でルミノールが過酸化水素で酸化され、3-アミノフタル酸が生成する際に蛍光が生じる

ルミノール法は事件現場での血痕を見つけ出すためのスクリーニング検査であり、あくまでも予備検査に相当します。特徴は感度が高いことですが、偽陽性が多いことに注意する必要があります。必ず、確認検査を実施して、それが本当に血液であることを証明する必要があります。

 

ロイコマラカイトグリーン法

ロイコマラカイトグリーン法は肉眼的に血痕に見えるものに対して行われる検査です。反応がなければ、血痕でないことの証明になります。犯罪現場で採取された血痕様の物体(警察的には微物とよびます)は血痕であるか否か判断のために、科捜研に運ばれ、予備試験としてロイコマラカイトグリーン法が使われています。ロイコマラカイトグリーン法はヘモグロビンによってロイコマラカイトグリーン(無色)がマラカイトグリーン(青緑色)になることを利用して、ヘモグロビンを検出する方法です2)

図2. ロイコマラカイトグリーンによる血痕予備検査の反応図
ヘモグロビン(Hb)のペルオキシダーゼ活性により過酸化水素から酸素が発生し、ロイコマラカイトグリーン(無色)を酸化してマラカイトグリーン(青緑色)を生成する

検出感度はルミノール法よりやや劣りますが、植物由来ペルオキシタダーゼを検出しにくく、発色法なので確認時に周囲の光の遮蔽は不要で、使い勝手がよい検査です。また、乾燥した血痕に対する感度が高いことも特徴です3)。ルミノール法とロイコマラカイトグリーン法の比較を表1に示します4)

表1. ルミノール法とロイコマラカイトグリーン法の比較

 

血痕確認試験(本検査)1, 2)

ヘモクロモーゲン結晶検査法(高山氏法)がよく使われています。血痕をアルカリ性下にグルコースとピリジンに溶解すると、ヘモグロビンがグルコースで還元されてフェロプロトポルフィリンとなり、この分子に対し2分子のピリジンの窒素原子が配位し、ヘモグロビンを橙色から赤色の針状ないし菊花状のピリジン・ヘモクロモーゲン結晶を形成させます。この結晶を顕微鏡で確認します。

 

人血検査1, 2)

ヒトの血液であることを証明する方法です。血痕からの浸出液を抗血清(抗体)と反応させ両者の境界に沈降素が析出するか否かを判定する方法(沈降反応重層法、ゲル内二重拡散法、顕微沈降反応法、および、沈降電気泳動法)が従来から使われてきました。現在では、人間ドックの便潜血検査として広く使われる検査キットが使われています。このキットは抗ヒトヘモグロビン抗体が使われ、動物の血痕とは反応しません。

 

おわりに

法医学の検査の重要な役割は科学的に正しく、客観的な事実に基づいた判断根拠になることです。血痕検査は見た目で簡単にヒトの血痕と判断するのではなく、予備検査、確認検査、人血検査と順を追って正確に判定していくことが、血痕の証拠能力を高めることになります。また、ヒト以外の血痕が証拠に紛れ込まないようにすることにより、えん罪を防ぐ手段ともなります。

 

参考:
1. 高取健彦ら. 血痕検査. p.403-408. NEWエッセンシャル法医学 第6版. 医歯薬出版. 2019年.
2.石津日出雄ら、血痕予備試験.血痕確認試験. p.244-245. 標準法医学 第7版.医学書院. 2013年.
3. 安藤達彦ら. 象鳥(Aepyornis)卵殻に付着する褐色物質についての化学的検証. 山階鳥学誌(J. Yamashina Inst. Ornithol.), 35:203-206,2004.
4. 血液判別用試薬. ロイコマラカイトグリーン反応用試薬、ルミノール反応用試薬セット. 説明書.富士フイルム和光純薬株式会社.
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/category/01210.html

 

改訂:2025年3月4日
励起光に関する記載について、訂正をいたしました。

変更前)ヘモグロビンの触媒作用によりルミノールが3-アミノフタル酸に変化する際に424nmの励起光を発することを利用しています。
変更後)ヘモグロビンの触媒作用によりルミノールが3-アミノフタル酸に変化する際に発する424 nmの化学発光を利用しています。

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上村 公一

東京医科歯科大学名誉教授、もと高校教諭(理科・化学)。専門は法医学、中毒学。テレビドラマや小説の法医学監修をしてきた。

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