セリウムは原子番号58のランタノイド元素です。様々な鉱物中に存在しますが,主なものは,モナズ石(Monazite),バストネス石(Bastnasite),ゼノタイム(Xenotime)です。埋蔵量の多い国々は中国・アメリカ・オーストラリア・インドです。産出量では約90%を中国が占めています。 |
〝稀〟ではない稀土類元素の資源
ランタノイド元素はペグマタイト中に多く存在します。ペグマタイトの多くは,貫入岩体をつくったマグマが,最後に濃集した残液から結晶化してできます。このとき,ランタノイドのイオンは大きいので,アルミニウムイオン(Al3+)など他の+Ⅲ価イオンと置換することができず,晶出が遅れると考えられています。
稀土類元素を含む代表的な鉱物としては,モナズ石(主に軽稀土類のリン酸塩),バストネス石(主に軽稀土類のフッ化炭酸塩),ゼノタイム(主に重稀土類のリン酸塩)と共にイオン吸着型鉱物が挙げられます。
次の表はこれら四つの鉱物に含まれるイットリウムとランタノイド(プロメチウムを除く14元素)を合わせた15元素を一覧にまとめたものです。なお,ランタノイド系列のうち,前半部(57La~63Eu)を「軽稀土類」,中ほど(62Sm~67Ho)を「中稀土類」,後半部(64Gd~71Lu)を「重稀土類」と呼ぶことがあります。
モナズ石,バストネス石,ゼノタイムは地下深部のマグマに含まれていた元素が数億年という長い時間をかけて地表付近に移動してできた鉱物で,ウラン(U)やトリウム(Th)などの放射性元素も含まれることがあります。モナズ石とバストネス石は軽稀土類,ゼノタイムは重稀土類を多く含みます。
イオン吸着型鉱物は,これらの元素を多く含む花崗岩が風化して粘土質になったもので,放射性元素はほとんど含まれません。イオン吸着型鉱物の埋蔵量は中国に多く,中国は稀土類鉱物の有力な産出国です。
稀土類元素の地殻中存在度は,それほど稀ではありません。全元素中での順位は,セリウム(25位),ネオジム(27位),ランタン(28位),サマリウム(40位)と,金・銀・白金・水銀はもとより,錫(49位)より多い元素もあります。次のグラフの縦軸(対数目盛り)は,ケイ素原子106個を基準にした各原子の個数を示しています(赤色文字:主な工業用金属,紫色文字:貴金属,青色文字:稀土類)。
出典:ウィキペディア「地殻中の元素の存在度」
またこのグラフの稀土類元素の所を見ると,原子番号が偶数の元素の存在量はその両隣りの原子番号が奇数の元素のそれよりも大きいという経験則(ハーキンズの法則)が分かります。後に61番元素(プロメチウム)の存在が検討されたとき,その存在量はネオジム(60Nd)及びサマリウム(62Sm)よりも少ないであろうと予測されました。
準惑星ケレスから命名されたセリウム
1803年,スウェーデンのJ.ベルセリウスとW.ヒインシェルは,バストネスの鉄鉱山に産する鉱物から未知の酸化物を発見しました。彼らが探し求めていたのはイットリウム(39Y)で,フィンランドのJ.ガドリンがイットリウムをイッテルビーから約150㎞西方にあるバストネス鉱山産の鉱物中に見出したことによります。
ヒインシェルは資産家の出身で,彼の一族はバストネス鉱山を所有していました。ヒインシェルは鉱物学者,地質学者で,ベルセリウスに協力してリチウム鉱物のペタル石(葉長石)を分析した人でもあります。(⇒リチウムについてはココをクリック)
ベルセリウスらは,新元素発見の2年前,19世紀の初日にあたる1801年の元日に小惑星として最初に発見されたケレス(Ceres)(2006年の再定義により準惑星に変更)に因み,元素名としてセリア(Ceria)を提唱しました。この頃は小惑星の発見が続いて天体への関心が高まり,星の名前から元素名を付けることがはやりました。1803年にはまた,小惑星発見第二号のパラス(Pallas)からパラジウム(46Pd)が名付けられました。
セリウムの名は準惑星ケレスから付けられた
出典:Justin Cowartによる”NASA’s Dawn spacecraft took this image of the dwarf planet Ceres in 2015”ライセンスはPD(WIKIMEDIA COMMONSより)
一方,同じ鉱山で新元素を探索していたドイツのM.クラプロートも,同じ年に新元素を発見し,得られた化合物の性状から,〝黄色い土〟を意味するテレ・オクロイテ (Terre ochroite) と名付けました。元素名は最終的にセリウム(Cerium)となりました。
ガラス研磨剤として欠かせない酸化セリウム(Ⅳ)
1960年代から,バストネス石がガラス研磨剤に用いられるようになり,光学レンズの研磨に欠かせないものとなりました。バストネス石には複数の稀土類酸化物が6~7割含まれており,中でも酸化セリウム(Ⅳ)と酸化ランタン(Ⅲ)(La2O3)が多く含まれます。ガラス用研磨剤として使われるのは,純粋な酸化セリウム(Ⅳ)ではなく,バストネス石を焼成・粉砕したものです。
バストネス石
(秋田大学鉱業博物館所蔵)
その後2000年頃にバストネス石を供給していた鉱山会社が撤退したので,それを機にバストネス石をそのまま使うのではなく,貴重な重稀土類を抽出した残渣を炭酸塩として仕入れ,フッ素を添加して使われるようになりました。
酸化セリウム(Ⅳ)を主成分とする研磨剤は,単に硬度が大きいだけでなく,化学機械研磨(chemical mechanical polishing,CMP)ができることが特徴で,それまでに使われていた鉄やジルコニウムの酸化物は次々と酸化セリウム(Ⅳ)に取って代わられ,〝レンズ磨き職人のベンガラ〟(optician’s rouge)とも呼ばれました。
CMPは,研磨剤が研磨対象物に対して化学的な作用を有し,機械的な研磨効果を増大させて,より速くかつ平滑な研磨面が得られます。フッ素がケイ素の酸化物と反応するので,ガラスレンズやケイ酸系の宝石(水晶,石英など)の研磨に古くから利用されてきました。酸化セリウム(Ⅳ)によるCMPの効果は,ガラスの網目構造を形成している酸化ケイ素のケイ素がセリウムに置換されることによるとされています。酸化セリウム(Ⅳ)の-Ce-0-の共有結合は-Si-O-の結合よりも弱いので,ケイ素がセリウムに置換されると研磨されやすくなると説明されています。
CMPは,近年では,コンピュータのCPU(中央処理装置;他の装置・回路の制御やデータの演算などを行う装置)など,大規模集積回路の製造におけるウェハー表面の超平滑化など,半導体の製造工程でも多用される技術です。
長野県の諏訪地方にある光学メーカーを舞台にストーリーが展開する松本清張の小説『湖底の光芒』では,光学ガラスからレンズやプリズムを作るのに,荒削りの後に酸化セリウム(Ⅳ)を使って研磨することも説明されます。そして「研磨の歴史は東西を通じて古いが,目ざましい発展をしたのは,もちろん新しいことで,研磨にベンガラとピッチ(光学用として最も一般に使用されるものは石油系のアスファルトが多い)を用いたのは,17世紀のニュートン以来のことと言われる」と,推理小説の巨匠の筆もガラス研磨の歴史に触れています。
この小説は,1963(昭和38)年から翌年にかけて雑誌に連載された『石路』から改題されたものですが,ベンガラ(ヘマタイト(α-Fe2O3)の微粒子)に代わるガラスの仕上げ研磨剤として三井金属㈱から「ミレーク」(MItsui Rare Earth Kenmazai)が発売されたのがちょうどこの頃のことです。
参考文献
“イリニウム”の発見-希土類元素の探求(11),奥野久輝,現代化学・1974年6月(東京化学同人)
「元素発見の歴史2」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「ガラス用研磨剤」塙 健三著,NEW GLASS,Vol.27,№106(2012)
「すごい!希少金属」齋藤勝裕著(日本実業出版社,2016年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)
「湖底の光芒」松本清張著(光文社,2018年)
園部利彦
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