1900年代前半に一世を風靡したラジウム

元素記号Ra、原子番号88の元素、ラジウム。アルカリ土類金属の中で最も重い元素で、天然の安定同位体は存在しない。ラジウムは1898年に、ピエール・キュリーとマリ・キュリーらによって発見された。当時のラジウムの単離は大変困難だったことが知られている。約30種もの元素を含むピッチブレンド(ウラン鉱石)から順に元素を分離して新しい放射性元素の単離が試みられた。従来的な化学的分属分離法により、ビスマスのフラクションからポロニウムがラジウムよりも先に発見された。その後ラジウムはバリウムのフラクションから苦労に苦労を重ねて単離された。鉱石中の複数の不純物、例えば希土類元素などを除去するために、分別結晶分離法が用いられた。実にキュリー夫妻は4年もの年月をラジウムの単離に費やし、数トンものピッチブレンドから最終的にわずか0.12 gのラジウム塩化物を得た。鉱物ピッチブレンドには「有用な」ウランが含まれているため、ウラン抽出後のいわゆる放射性廃棄物がラジウム抽出に用いられた。マリ・キュリーはラジウムの単離や放射線に関わる数多くの研究と成果から、1903年のノーベル物理学賞、1911年のノーベル化学賞を受賞した。

 

左:ピエール・キュリーとマリ・キュリー                          右:ピッチブレンド(瀝青ウラン鉱)

左:Materialscientist による https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/archive/6/6c/20140514075721%21Pierre_and_Marie_Curie.jpg ライセンスはCC0 1.0
右:Kgrr による  https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0b/Pichblende.jpg ライセンスはCC-BY-SA-2.5

 

世の中では、キュリー夫妻がラジウムを発見してから、アメリカやヨーロッパを中心にラジウム(放射能)ブームが到来する。医薬品、化粧品、チョコレートやパンなどの食品、おもちゃ、ラジウム水、エナジードリンク、歯磨き粉、石鹸、入浴剤など、多岐にわたってラジウム商品が出回った。ラジウムの含有量もまちまちで、実際に含まれている多くの製品において、メーカー側によって「この商品は無害(harmless)」と表記されていることが目立つ。商品の写真、発売時期、メーカー、計測された放射線量などの詳細が、Oak Ridge Associated Universities(ORAU)のコレクションやRadium Historical Items Catalogに記載されている。

(上) 左:ラジウム水   中央:ラジウム入り靴磨き   右:ラジウム入りパン

 

 

(上)  左:ラジウム入りタバコ       右:ラジウムバター

 

 

(上)児童化学クラブ向け、放射線観察キット(霧箱、ラジウム含有鉱石などが入っている)

https://www.orau.org/ptp/collection/atomictoys/atomicenergylabkit.htm
写真提供:Oak Ridge Associated Universities(ORAU)
情報元:Health Physics Historical Instrumentation Museum CollectionおよびRadium Historical
Items Catalog, FINAL REPORT August 2008

 

また、日本ではラジウム温泉というのがある。ラドン温泉、トロン温泉、放射能泉など名称は色々であるが、日本には岩石などから発生する微量放射線による「ホルミシス効果」をうたった放射線浴のできる温泉宿が数多くある。最近では放射性同位体を含有する岩石をセットにした商品を売り出している販売サイトもある。医学的あるいは科学的な根拠は少ないとされるものの、ラジウム温泉浴が入浴中および入浴後の血管拡張反応率 (FMD%) と血管拡張径を増加する効果があること、血圧の低下や自覚的体感も向上させるなど、健康面に利点があることを実験的に明らかにしたという論文も発表されている。

 

 

実験1 ラザフォードの実験

ラジウムがピエール・キュリー、マリ・キュリー夫妻らにより発見されたあと、ラジウムには、ウランよりも強い放射線があることや、蛍光物質を光らせる性質があることなどが見いだされた。ラザフォードはラジウムを用いて世界で初めて実験的に原子の根本的な性質を明確にした。原子の中心に原子質量のほとんどを示すものがあり、その正体は正の電荷をもつ非常に小さな「原子核」であることを証明したのだ。ラザフォードは後になって、アルファ粒子を窒素原子核に当てて水素原子核をたたき出し、世界初の原子核人工変換に成功しただけでなく、プロトン(陽子)の命名、中性子や重水素(ジュウテリウム)の存在の予言、放射能による年代測定法の開発を行った。1908年にノーベル化学賞を受賞しており、ナチスの迫害を受けたユダヤ人学者たちの救済にも活躍した。

トムソンモデルおよびラザフォードモデルの原子によって期待されるアルファ粒子の軌跡。実際の観測結果から、右のように一部のヘリウム粒子が散乱されていることが示された。

 

ラザフォードの実験結果は以前のトムソンのモデルで示されていた原子の構造を否定し、原子の中心に原子核が小さく凝縮されて存在しておりその遠くに電子がまわっているということを説明した。アルファ粒子(ヘリウムの原子核)が原子を通過できるという事実からも、原子自体はほとんどがカラッボであるとも説明した。ラザフォードの実験では、図のようにまず線源から放射されるアルファ粒子を小さな隙間から取り出すことでビーム状(粒子線)とし、薄い金箔に照射した。金箔を通過するアルファ粒子と原子核の影響を受けてはね返された(散乱された)アルファ粒子の存在が蛍光板の発光で確認でき、散乱したアルファ粒子と透過したアルファ粒子の割合いを求めることができた。

 

実験2 ラジウム時計の実験

1900年代初めから生産されたラジウム時計も上記と同様にラジウムをうたった流行品のひとつであった。ガラス盤に覆われているため、アルファ線はブロックされるものの、放射性崩壊による娘核からのベータ線やガンマ線および熱の発生は微量であっても避けられない。ラジウム時計にはラジウムを含む夜光塗料が塗布されているため夜でも光り、ミリタリー時計としても重宝された。しかしラジウム時計の生産工場においては、ラジウムを含む蛍光塗料の文字盤への塗布が手作業で行われた。生産に携わる労働者は恐ろしい健康被害を受けたことが報告されている。多くの女性労働者が被ばくし、一部の労働者は放射線の影響によって死亡したとされ、訴訟にまで発展した。

アメリカ製のラジウム時計(1900年代初期生産)

現在は放射性物質を含む夜光塗料は使われなくなり、より明るい夜光塗料が開発され利用されている。当時生産されたラジウム時計やその後開発されたトリチウム時計などは、蛍光物質の劣化や核種の半減期などから、光る度合いが生産時よりは低くなっているものの、まだ光っているラジウム時計がネットオークションなどで取引されている。ラジウムはアルファ崩壊をしてアルファ線を出しながらトリウムにラドンになる。ラジウム時計から、アルファ線が確実に放出されている様子をカメラでとらえた実験例がある。

ラザフォードの実験のように、蛍光板のアルファ線のあたった部分が光ることを利用した実験だ。アルファ線を観測する手段としては同じ原理の、「スピンサリスコープ」がこの撮影実験の鍵となっている。スピンサリスコープは放射線の観測のための装置で、写真のように蛍光板の上にルーペをつけた構造となっている。

スピンサリスコープ

蛍光板のそばにアルファ線源を置けば、ルーペで蛍光板がきらきらと光る様子を拡大して観察することができる。ラジウム時計の文字盤には蛍光物質にラジウムが混ぜられた状態で塗布われているので、常に発光が続いている。レンズを通してこの光を撮影するという実験である。写真Aは普通の写真で、薄暗いところで光っている時計の全体像が撮影されている。写真Bではスピンサリスコープと同じ原理で、アルファ線が蛍光物質にぶつかって発せられた光だけがとらえられている(PENTAX K3,ISO51200,SMC PENTAX A50mm(F1.2)をリバース、1秒露光)。さらにより感度の高いカメラを用いて撮影されたのが写真Cで、写真Bよりもノイズが減り、数字の形に塗布された蛍光塗料にアルファ線が当たって光った点がよく見えている。(この時計の表面上のベータ線やガンマ線の線量は通常値と変わらないことは確認済み。)

A:薄暗い場所で撮影した普通写真
B:暗闇でアルファ線による光点を撮影した写真(1秒露光)
C:暗闇でフルサイズセンサーのPENTAX K1、ISO51200によって撮影された写真(0.5秒露光)

 

写真提供:うみほしのブログ運営者、参考ページ「スピンサリスコープ」「ラジウム時計のアルファ線のきらめき」 https://umihoshi.com/

 

 

参考文献・参考資料

阪上正信著、「キュリーのラジウム発見100年にさいして」化学と工業、第51巻第10号、p.1604-1609 (1998)

マーヴィン・ルロイ監督、ポール・オズボーンおよびポール・H・ラモー監督、映画「キュリー夫人 」、1943年、アメリカ合衆国、セントラル映画社

  1. A. Buchholz, CHP and M. Cervera, “Radium Historical Items Catalog”, FINAL REPORT, August 2008,

https://www.nrc.gov/docs/ML1008/ML100840118.pdf

CNN Style, 「美容品に放射能が含まれていた時代」2020.06.23
https://www.cnn.co.jp/style/beauty/35152494.html

MUSEUM DIRECTORY/ Health Physics Historical Instrumentation Museum Collection

https://www.orau.org/ptp/museumdirectory.htm
平山匡男、西田浩志ら、「ラジウム温泉浴が健常成人の血管内皮機能,生理学的検査値および自覚的体感に及ぼす影響」、新潟医学会雑誌 第 126巻 第4号、2012年

ガイガー=マースデンの実験https://en.wikipedia.org/wiki/Geiger%E2%80%93Marsden_experiment

The following two tabs change content below.

山﨑 友紀

大学教授として化学や地球環境論の講義を担当。水熱化学の研究を行いながらサイエンスライターとしても活動中。趣味はクラシックバレエ。