元素漢字こぼれ話
この連載もあと2回となった。ここからは、際立った特徴をもつ元素漢字について10種あまりを選んで、簡潔に説明をしておきたい。
・アルミニウム
アルミニウム(Al)には、日本では江戸時代後期、中国では清代末期から、発音に漢字を当てた訳語、つまり音訳語が続出した。
「阿魯米恩」
「亜律密烏母」
「亜律密扭母」
この「扭」は、ひねるという意で、中国語でニウのように読む。中国では近年、ハッピーニューイヤーを、発音だけから「合皮扭耳」と書くこともある。
「亜爾密紐謨」
「阿爾密紐謨」
ニューヨークに「紐育」、ゴムに「護謨」という当て字を知っていたら読めそうだ。
「阿律密紐母」
「哀盧彌尼恩」
カタカナで通常6字からなるこの語は、万葉仮名風に書いても訓読みが使えなければ漢字で5字にもなってしまう。
漢字を意味から複合させる訳も作り出された。
「白礬精」
漢語の「明礬」(ミョウバン)の「礬」(バン)が利用された。
「礬精」
「礬土」
「礬素」
明治初期のもの。
そして、「銀」「銅」「錫」などと同様に漢字1字で書こうという動きも、清末から起こった。
「●(金に土)」
江戸時代には、長崎貿易の書類にトタンが「●(金土)●(金丹)」と書かれている(後述)。元素とは別個に作られた字だ。ちなみにこの2字目もまた、元素として作られた字とたまたま一致した(前回参照)。
「●(金に墨)」
「鉐」
「●(金に礬)」
この「礬」が煩雑なので、発音がfan2(ファン)で等しい「凡」に置き換えたのが次の字である。
「釩」
「●(石に凡)精」
「鋁」
これはlu¨3声(リュー)と読む。「雅鋁(米尼翁)」と語頭のアを雅で添えることもあった。
ユーロピウムを表す「●(金に有)」を見た日本人が「アルミニウム」と読んだのは、訓読み「有る」をもつ日本語ならではの発想だ。
なおベトナムでは、Aluminum(アルミニウム)のAlumi(アルミ 日本式)でもlu(ル 中国式)でもなく、ほとんど語尾であるnum(ニウム)に着目して、nhôm(ニョム)と読む次の字喃(チュノム)を作り出していた。ベトナム独自の国字である。中国語もベトナム語も単音節言語なので、こういう字ができやすい。
「銋」
このように、音訳、意訳、金偏に音訳、意訳による造字と、合わせて10種以上が現れて、中国では「鋁」、簡体字は「铝」と決まり、ベトナムのハノイ辺りでも、たしか街中の看板でこの漢字を見かけた。
日本ではカタカナの「アルミニウム」。「ニューム」と略すこともあったが、日常では「アルミ」で落ち着いた。
・ラジウム(Ra)
レイザーを中国語で「鐳射」と書く。ただの音訳だが、レントゲンや発電と関係ありそうとか、元素が放射されるとか勘違いする中国人たちも少なくない。
「镭」(lei2 レイ)はラジウムを表す。かつては、「鐳錠」と2字目に音訳を入れることもあった。「類電母」は単なる音訳だが、やはり他の概念と紛らわしい。
別の字で「鈤」「銧」も用いられ、前者は文学者の魯迅も使った。魯迅は、漢字が滅びなければ中国が滅びるとまで言った漢字廃止論者だった。
後者は見たことがあるという留学生もいる。旧くは、雷神から命名されたトリウム(後述)の訳にも使われていた。「●(金に廷)」、さらには「鋭」を当てることもあった。
台湾では混乱させないためか、レーザーを「雷射」と書く。台湾の方がいつも複雑な漢字を使うとは限らないのだ。
上記の「鈤」は、ゲルマニウムにも使われたことがあった。
「●(金に放のしたに射)」は平成期の提案にある。
漢字で世界を記述しようとすれば、音訳派、意訳派、音意訳派の3つに大別される。造字派にもそれらが混ざっている。
部首は、「金、气、石、水」のほかに、「玉」もあった。「珪素」(Si silicon)がそれだが、「硅素」と揺れがあり、日本では「ケイ素」、中国では「硅」となった。かつては、「錫立嘎」「玻」「砂」「●(石に晶)」「●(石に夕)」「●(金に夕)」と訳すこともあった。この「珪」は、よく見かける「珪藻土」にも使われている。
なお、上記のような同音語の問題は、100を超える元素を声調の違いを含めても400種ほどしかない単音節で表現しようとすれば不可避である。中国語では「栗」「梨」「李」はすべて「li」となっており、声調で言い分け、最後に「子」を付けて意味を明確化している。
元素でも、イリジウム、イットリウム、イッテルビウムはそれぞれ曲折を経て「yi」(イー)という単純な音節に集中していった。これらも旁と声調で区別をしているが、やはり紛らわしい。Xi(1声 シー)という発音も、いくつもの漢字で用いられ種々の元素を指した。
・トリウム(Th)
トリウム(前回参照)には「釷」(tu3 トゥー)が作られ、中国では簡体化で「钍」とされて定着している。この字は日本ではトタンのトとして、江戸時代の長崎で、オランダなどとの交易品を書き記す際に「●(金に丹)」の前に並べて熟語とし、文書によく書かれていた。中国では「釷」は、アルミニウムとしても使われた。
トリウムには、「●(金に台)」「●(金に豆)「●(金に禿)」などや「●(行の中に灰)」を当てることもあった。
明治期に磯野徳三郎は「●(金に藏)」を当てた。「藏」(蔵)の音読みザウ(ゾウ)がthoという綴りを想起させるところからの音訳だったのだろう。
「●(金に軍のしたに雷)」は平成期に提案されたものだが、過去には実際に「鐳」を当てたこともあった。Thoriumがノルウェイの雷神Thorから来ているためで、ビリカンらが用いていた。今にして思えば、一々元素名の語源まで遡って字を作る必要があったのだろうかと考えさせられる。
・アンチモン(Sb)
「安質没●(扌に丑)」(アンチモニ)「安質」(アンチモン)「安素」(アンチモニー)といった音訳のほか、中国では、
「●(金に吐)」
という造字が使われたことがあった。作者みずからの説明によると、「食此金所生之塩即吐」、つまり生じた塩を食べたら吐くから、という会意文字だ。
日本では「吐」という字は見ただけで気持ち悪くなるなどの反応が出るという人がよくいて、とても受け入れがたいものだったであろう。一方、中国では「吐蕃」のほか「吐司」(トースト 吐く意とは声調が異なる)のように食品の音訳にまで使われている。
「●(金に安)」「銑」「鑞」という訳字も作られたほか、Antimonyの途中の発音「ti」に漢字を当てて「銻」が作られ、今、中国では簡体字にした「锑」を「tī」(ティー)と読んで使っている。
・バリウム(Ba)
バリウムは、胃カメラを飲むバリウム検査でおなじみで、「バリ」と略されることもある。
蘭学者は「抜●(イに留)母」と音訳し、明治期には「ばれいとね」とひらがなにする人も現れた。
平成期には「●(金に胃)」「●(金に重に希)」という造字も提案された。
清代には、Bariumのギリシャ語の語源に着目し、「●(金に土に重)」と作って使う人たちもいた。「鍾」「鋇」と1字で表され、「巴立恩」「巴留謨」といった音訳も見られたが、中国では簡体字の「钡」が公用されている。bèi(ペイ)と読み、頭音を表している。
・マンガン(Mn)
マンガン電池のように生活でも耳にするこの元素名は、マグネシウムと同じ語源を持つ。しかし、漢字訳は異なる方向に進んだ(こちらを参照)。
マンガンには、マンを音訳した「蒙石」「黒蒙石」のほか、「満格尼斯」「孟葛尼斯」、意味から「褐石」といった訳が現れた。「●(石に蒙)金」も見られた。
ビリカンは「●(金に名に無のしたに異)」という4つの漢字を組み合わせた造字を示した。「無名異分出之金」と説明されていた。
120年ほど前には造字が併存し、「●(金に黒),錳,●(金に名に無のしたに異),錳質」と列挙する本も刊行された。そこでは「●(金に黒)」「錳」は、それぞれ分子の訳に、散発的に利用されており、統一されていない状況がうかがえる。こういう中国産の訳字は、明治期に採り入れる日本人もけっこういた。
ほかに「●(金に蒙)」や「●(金に羹)」も作られた。
結局、発音を表す「錳」(meng3 モン)が採用されて、簡体字とした「锰」が公用されている。かつては「黒錳」「錳葛尼斯」といった訳語も使用されていた。
上記の「●(金に黑)」は、後に発音からハッシウムとして使われるようになった。なお、「黑客」はハッカーの音訳(ニュアンスも込めている)。
日本では、蘭学者は「満俺」を当て、中国でも一部で用いられた。滿(満)を月偏(肉月)で書く人、「満眼」と書く人も現れた。「満罨」とする人もいたが、この2字目は眼科の「罨法」(あんぽう)で使われていた字だ。
磯野徳三郎はマンガンに「●(金に満のつくり)」を作って当てた。その著書で、この字を入れたかったのに「満」と誤植された箇所もあり、それではほとんどもとの「満俺」に戻ってしまっていた。原稿では書けても、一枚板にたくさんの字を彫り込む整版ならばともかく、活版であれば活字を拾う際には「〓」(ゲタ)を入れ、木の活字で作字をしてまた校正し、とたいへんな手間がかかった時代である。
磯野は、「錳」をモリブデン(Mo)のほうに使った。磯野はマグネシウムでも、それまでの「麻倔涅叟母」の「麻」を旁に使わずに独自の造字をしていた。あるいは過去のそうした使用には、あまり関心を寄せなかったのだろうか。
鈴木敏編『宝石誌』(1916年)は「菱錳鉱」(Smithonite)のように、ルビもなく中国製の漢字を用いている。「玉 一名●(石に玉)」のような用字も見られる。
ほかに、「まん」「まんがね」という仮名表記、平成には「●(金に満のしたに願)」なども作られた。
・カルシウム(Ca)
カルシウム(Calcium)には、日中で、
「加爾休謨」
「加爾済溶」
「丐而西恩」
「灰之金質」
「石精」
「●(石に灰精)」
「●(金に石に灰)」
「鉐」
「鐝」
「●(金に骨)」
「鈣」
「●(金に堊)」
などが当てられてきた。
このうちで「鉐」は、リチウム(Li)に当てた人もいた。もともと黄銅鉱石を表す字であった。
「●(金に石に灰)」の字の意味は、教室で尋ねてみたら、中国人留学生が言い当てた。ただ、英語名まで知っている人は少なく、「鈣(金に音を表す丐)」という字とそのgai4(カイ)という読みしか知らない人が多い。「灰」と読むかと聞くと、首をひねるので、では「石」かと聞くと、それも違うという。「石灰」という意味から理解できたそうだが、その2字で、この字を読むのも過去の合字・複音字のようになってしまい、中国で広めることなどまず無理そうだ。意味さえ分かれば読み方は何でもよいというのは、やはり中国人にとっては落ち着かないそうで、日本人のように意味が分かればなんと読んでもかまわないなどという発想がないのだ。こういう字は、中国では決して広まらないのである。
「●(金に骨)」でカルシウムは、今でもイメージしやすい。平成期にもまた同じくカルシウムに当てる提案をする人がいた。
「●(金にCa)」は、在米中国人が90年ほど前に提案したもの。彼はこの類として、末尾の下の方に「2」を加えた造字も提案していた。
日本では、
「カル」
という略称が生まれ、明治期には
「いしあこね」
と呼ぶ人もいた。
・カリウム(K)
カリウムはポッタシウムともいう。中国、日本で、様々な漢字が用いられ、
「卜対(對)斯恩」
「博大西恩」
「保大西容」
「剥(剝)荅叟母」
「加陋母」
「加●(イに留 )母」(日本産だが中国にも伝わった)
「加留謨」
「灰精」
「●(金に灰)」
「鉀」
「●(行のあいだに鹵見)」
などが当てられてきた。
これらは、製造国を越えて用いられることがあり、例えば、近世の漢訳に拠るとされた「灰精」は、日中で使われた。カリウムは草や木を焼いた灰に含まれるため、語源は植物の灰という意味のアラビア語である。酸化すると灰色となる。律度羅 (リュドロー)ほか『医学七科問答 理化学』(1879 東京医学会社)では「●(金に灰) ポツトアス」として掲げられている。
「●(金に紫)」は、平成期に提案されたもの。
明治期には「やまあこね」と名付けて使う人がいた。
日本では略して「カリ」と呼び、「加里」とも書かれた。戦後には、中国のカレーの漢字表記が青酸カリのように見えるとも言われた。これらに口偏を付けた字が高級感のあるカレーとして日本で広まったのは、ハウスの即席カレーのお蔭だろう。
ポッタシウムは「沃(ヨウ)ポツ」「塩ポツ」などで「ポツ」と略され、そのまま漢字を抜き出して「剥(剝)」と書かれた。「硫安」などと同様の略語と表記である。
なお、ここでも金偏の字が複数あったが、ガドリニウム(Gd)に至っては、現在公認されている「釓」に定まるまでに、中国では金偏の訳字があと6種も存在していた。
・ストロンチウム(Sr)
ストロンチウムすなわちStrontiumには、音訳は、
「斯特侖矩謨」
のようなものがあった。
造字は、いくつも試みられた。
「●(金に紅 下に苗)」
これはビリカン『化学指南』などにある字で、爆発したときの炎の色からと説明がある。確かに炎色反応は紅色だ。ただし、中国人留学生たちに聞くと、「苗紅色・紅苗色」は中国語にそういうことばがなく、意味がわからない、旁が字義のヒントになっていないと口を揃えて言う。そういうわけで、せっかく工夫した造字も誰も使ってくれないという悲劇が待っていた。
「●(金に赤)」
「●(行の中に白)」
この「行」を使った造字は、日本でも明治初期にしばしば使用された。
ストロンチウムの「ス」(S)を音訳した旁をもつものには、
●(金に思 锶)
鎴
のほか、日本でも磯野は、
●(金に斯)
つまり既存の音訳「瓦斯」の「ス」を用いて表した。
「すとろんちね」とひらがなにする人、平成期には「●(金に花のしたに火)」を提案する人もいた。
数々の漢字の中で勝ち残った「●(金に思)」は「スー」と発音する。かつては、セリウム(Ce)に当てることもあった字だ。通時的に見ると、いくつもの元素がつながってしまう怖さがある。
「鎴」となっていたら、耳で聞けばセレンと全く同音で区別できなくなっていた。そういうものはさすがに回避されたのだ。
セレン(Se セレニウム)は、旁がSeleniumのセ(Se)の音訳で「●(石に西)」(xi1 シー)となっている。
かつては、「●(石に月)」「●(行のなかに紅)」「●(石に侖)」という会意や形声による造字も行われた。ラテン語の地球(tellus)がテルルに用いられたのに対し、ギリシャ語の月(selene)にちなんで命名されたものだという。平成になっても全く同じ字(前者)を提案する人がいた。
・水銀(Hg)
「水銀(Hg)」は、古来、道教では仙人になるための薬と考えられ、奈良時代にはミズガネと呼ばれて「●(金に水)」「●(金に善)」という国字まで作られた(『新撰字鏡』「小学篇」。『老子』には「上善如水」の語がある)。
錬金術ならぬ練丹術で練り込んで丸めて水銀を、不老不死を得るためにと服用して中毒になり落命する皇帝たちもいた。水銀を取り出す赤い辰砂(しんしゃ)は硫化水銀である。
始皇帝は、自らの陵墓に水銀で川や海を作らせた。また、水銀の入った風呂に浴すような者も現れた。日本でも昭和の頃には、体温計が割れると、まだコロコロと銀色の液体が畳の上を転がったものだった。
水銀は、古くより専用の漢字があり、「汞」(gong3 コン 発音を表す「工」と意味の範疇を表す「水」)と書かれた。
これに金偏を付加することもあったが、現在でも中国ではこの「汞」が用いられている。モリソンの『華英字典』などは「●(石に艮)」を当てた。
水部の元素には他に「臭素」の中国語名「●(溴)」(xiù シウ フライヤーらの造字。「●(气に臭)」とするもの、「●(氵に歹に臭)」に作るものなどもあった)がある。
・硫黄(S)
「硫黄」は、古来、「硫黄」「硫●(石黄)」(偏の同化か)と書かれた。現代中国でも「硫」。中国で古くは「●(石黄)」や「石硫黄」とも書かれた。
中国風に音読みで読めばリュウオウ(ルワウ)であるが、古代日本の人たちは「リュウ」「ル」のようなラ行で始まる単語を発音できなかった。そこで語頭のRが脱落して「ゆおう」となり、さらに「いおう」となったという。語頭のラ行音は、やまとことばになかったため、元々の日本語のように変えて溶け込んだわけであるが、この語が文献に現れるのは、ラ行始まりの漢語が多用され始めた中古期なので、温泉などのイメージに合う「ゆあわ(湯泡)」からという説も有力と思える。
「流黄」「雄黄」「油黄」「●(火由)●(火黄)」と当て字されることもあった。
なお、硫黄から生産される「硫酸」という語は「炭酸」「硝酸」「燐酸」などと同様に蘭学者がオランダ語を訳したものである。
・●(羥 羊に巠)
『説文解字』にある字だが、それとは別に、水素と酸素からなるヒドロキシ基(hydroxy group)を「羥」と書く。有機化学において −OHという構造式で表される1価の官能基に対して、酸素と水素の訳字の構成要素を抜き出して合わせたこの字を当てたのは梁国常であり、1921年のことであった。簡体字まで作られ、「羟」でqiǎng(チアン qiān)と読む。
そのころは、さまざまな化学者によって化合物に対する奇っ怪な造字があれこれと試みられていた。この字は1930年代にはすでに多用されていた。
文献(ここまでに掲げたもの以外)
田島 優『あて字の素姓』 風媒社 2019
楊 澤生「談談個人影響与漢字」『中国文字学報』10 2020
笹原 宏之
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