ヘリウムは貴ガスか希ガスか?
貴ガスは周期表18族の元素(一番右端)で、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、ラドン(Rn)、オガネソン(Og)が含まれます(オガネソンはニホニウムと同じく昨年名称が認定された元素です)。あれ?「希ガス」の間違いじゃないのかと思った方も多いかもしれません。昔は稀な存在でしたのでrare gas(希ガス)と呼ばれていましたが、今では限られた元素としか反応しないことからnoble gas と呼ばれるようになり、日本語表記では「貴ガス」と名付けられました。
ヘリウムの性質
今回はヘリウムのお話です。ヘリウムは原子量が4と極めて軽い気体です。空気は1m3あたりだいたい1.2 kg(20℃、1気圧の場合)ありますが(意外に重いですね)、ヘリウムは170gで空気の約1/7です。ヘリウムはたいてい灰色のボンベに詰めて使われます。水素と違って爆発したりしないので風船や飛行船に詰めて使うのはご存じでしょう。
実はそのような利用以外に、ヘリウムは先端科学技術になくてはならない物質だということをご存知でしょうか?ヘリウムの沸点は1気圧で4.2K(約-269℃)と極めて低い温度です。たとえば、極低温状態で作動する超伝導磁石にとって、液体ヘリウムはなくてはならない存在なのです。
東京駅から大阪までのリニアモーターカーの建設が決まりました。この列車を浮かせるには超伝導磁石が使われます。さらに、医療現場で広く使われる人間の断層像を映し出すMRIといった診断装置や、化学の研究で化合物の構造を決めるNMRといった分析装置にも、超伝導磁石が使われています。私たちが日常生活で目にすることはありませんが、ヘリウムは私たちの生活を支えてくれるとても貴重な存在なのです。
左:化学の研究には必須のNMR装置 右:ヘリウムの高圧ボンベ(一気圧換算で7m3分)
ヘリウムの社会問題
最近ヘリウムの供給に大きな問題が生じています。ヘリウムは天然ガスの中に含まれていますが、採算がとれるほどの含有量を持つ天然ガス田はごく限られています。ヘリウムは米国で多く産し、2005年くらいまでその価格は安定していた(気体1m3あたり300円くらい)のですが、様々な理由により何度かにわたり供給量が減ったことから価格が上昇し(ここ5年間で3倍くらい)、研究機関は頭を抱えています。
近年ではカタールやアルジェリアといった国々でも生産がなされているのですが、今年になってサウジアラビアがカタールと断交し、そのためにカタールの製品が出荷港のあるドバイまで運送できなくなり、輸出ができなくなることで供給が減ったなどの事件が起こっています。政治的なことに左右される出来事が多いのは困りものですね。[1]
ヘリウムの化合物ができた!
今回最後の話題は、ヘリウムの化合物です。かつては貴ガス元素は化学的に安定であることから化合物を作らないと思われていましたが、1960年代にキセノンの化合物が合成されました。原子番号の大きな貴ガス元素ほど化合物を作りやすいことが知られており、その後クリプトンやアルゴンの化合物が見いだされました。
中でもヘリウムは最も化合物を作りにくいと考えられていましたが、ついに本年になってヘリウムの安定な化合物が合成されたのです[2]。主にロシアと中国の合同チーム[3]はコンピュータを用いてヘリウムの化合物の可能性を探索した結果、Na2Heが存在するはずという結論に達しました。ただし、100万気圧という高圧条件でのみ存在するはずという結果だったのです。
実際にこの研究グループはダイヤモンドアンビルという道具を用いて超高圧条件を作り、この化合物を合成して構造を決定することまで成功しました。
図はこの化合物の構造です。赤色の球がナトリウムイオン(Na+)、灰色の球がヘリウムを表します。このナトリウムとヘリウムの構造は蛍石と呼ばれる鉱物(CaF2)の結晶の構造と同じです。では紫の玉は何を表しているのでしょうか?ここには電子が存在するとのことです。原子がないのに電子だけが存在している部分があるという何とも不思議な構造なのです。
いかがでしたでしょうか。化学は日進月歩。教科書もどんどん書き換えなければならないし、世界の情勢にも科学の研究は左右されるということがおわかりいただけたでしょうか。ではまた次回お会いしましょう。
参考資料
[1] Chemical and Engineering News, 2017, 95(30), pp.22-23.;「ヘリウムを含有する 天然ガスに関する調査 報告書」http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2014fy/E003867.pdf
[2] Dongら、Nature Chemistry, 2017, vol.9, pp440-445. http://www.nature.com/nchem/journal/v9/n5/full/nchem.2716.html[3] 実際には中国、ロシア、アメリカ、ドイツ、イタリアの17の研究機関の共同研究!
坪村太郎
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