ビスマス(Bi)~蒼鉛は青いか

ビスマス(83Bi)は光沢のある銀白色の半金属です。その存在が知られていたのは15世紀頃からとされますが、当時は、すず50Sn)、アンチモン(51Sb)、鉛(82Pb)と混同されていました。周期表の中でこれらの元素は隣り合っており、頷けます。

長らく鉛の仲間とされた元素

中世のヨーロッパでは、酸化ビスマス(Ⅲ)(Bi2O3)が顔料などとして用いられていたようですが、ビスマスは鉛や錫と同種であるとみなされ、鉛は「白色の鉛」、錫は「黒色の鉛」、ビスマスは「灰色の鉛」と呼ばれていました。また、錬金術師であり医師でもあったパラケルススは2種類のアンチモンが存在すると考え、黒色のアンチモンは金の精製に使われ鉛に似ており、白色のアンチモンは「ビスマス」や「マグネシア」と呼ばれて錫と似た性質をもつ、としています。

一方、その用途は既にいろいろと知られていました。活字を用いた印刷はドイツのJ.グーテンベルクによって15世紀に発明され、初期の活版印刷機には真鍮製の切削活字が使われましたが、1450年頃からは、凝固すると体積が増加するビスマス合金の性質を利用して、ビスマス合金製の鋳造活字が使われるようになりました。

しかしそれでも16世紀頃まで、鉱山師や化学者らは、ビスマスは鉛の一種であり、しかも彼らは、鉛はいずれ銀になると考えていました。鉱山に働く人々は、ビスマスの鉱石を見付けると、「あぁ、まだ銀になっていなかった…」と失望し、実際にその鉱床の下部に銀が見付かることもあって、ビスマスは「銀の屋根」とも呼ばれました。

ビスマスが独立した金属元素として認められたのは18世紀になってからでした。ドイツのC.ノイマンは、ビスマスがザクセン産の鉱石から抽出され得る金属であることを明らかにし、1737年、フランスのJ.エローは鉱石からビスマスの小粒を得ました。次いで1753年、フランスのC.ジョフロワによってビスマスが研究され、彼は鉛との10の類似点を挙げました。

ビスマスの単体は多彩な色を示すことがありますが、これは表面の酸化物皮膜による光の干渉によるものです。また、結晶の隅や稜の部分が成長し、面の中央部の成長が遅れることで平滑な結晶面が形成されず、凹んだ不完全な面に囲まれた結晶(がい晶)が形成されることもあります。

ビスマスの結晶(がい晶)

諸説ある名前の起源

16世紀のドイツの鉱山学者で〝鉱山学の父〟とも称されるG.アグリコラは、採鉱・冶金に関する技術書『デ・レ・メタリカ』(金属について)をラテン語で著しました。これは、彼がヨアヒムシュタールという鉱山町で医者の傍ら研究した鉱山学・岩石学・冶金学の集大成の書です。

『デ・レ・メタリカ』には、ドイツ・チェコ国境のエルツ山地に産する自然ビスマスからや,硫化鉱物の木炭による還元でbisemutumを得たと記されていますが、15世紀には既にドイツのザクセン地方でWismutの語が使われていました。Wismutは、その後ラテン語化されてWismutumやBismutumとなり、17世紀頃には、ビスマスを表すドイツ語のWismuthや英語のbismuthができました。では、Wismutの語源はといいますと、次のように諸説紛々の状況です。

ⅰ)鉱物が銀白色で、wisse Masse(白い塊)から
ⅱ)15世紀、シュネーベルクの草地(Wiese)での鉱物の採掘許可願(Mutung)から
ⅲ) エルツ山地を流れるヴィーゼント(Wiesent)川と採掘許可願(Mutung)から
ⅳ)アラビア語の「融けやすいもの」から
ⅴ)ギリシア語の白粉(psimythionプシミユティオン)がアラビア語に入り、アラビア語に無いpの音がbに置き換えられてできたラテン語のbisemutumから

自然ビスマス(自然蒼鉛)(秋田大学鉱業博物館所蔵,山口県・長登ながのぼり鉱山産)

ビスマスは、蒼鉛そうえんとも書かれますが、青くはありません。「蒼」の用例をみますと、蒼天や蒼穹そうきゅうのように青色の意味もありますが、元気のない顔(蒼白,蒼色)、年老いた動物(蒼猿そうえん蒼鼠そうそ)、あるいは頭髪が白くなった様子(蒼蒼)を表すこともあります。宮沢賢治の詩『永訣の朝』には「あめゆじゅとてちてけんじゃ 蒼鉛いろの暗い雲から みぞれはびちょびちょ沈んでくる」とあります。賢治はビスマスの単体を知っていて、冬の曇り空をその色で表現したのかもしれません。

幅広いビスマス化合物の用途

ビスマスを含む鉱石鉱物には、自然ビスマスのほかに、硫化鉱物の輝蒼鉛鉱(輝ビスマス鉱,成分はBi2S3)、酸化鉱物の蒼鉛土(ビスマイト,成分はBi2O3)などがありますが、鉱工業では鉛、モリブデン、タングステンの精錬の副産物として生産されることが多いです。日本国内には単独の鉱山はなく、岐阜県の恵比寿鉱山(中津川市蛭川ひるかわのタングステン鉱山)や栃木県の足尾銅山(日光市足尾)などで副産物として生産されました。

ビスマスのインゴット(岐阜県飛驒市神岡町・神岡鉱山資料館)

ビスマスの特色は、密度が大きく低融点(271℃)で比較的軟らかく、しかも有害性が少ないことです。古くから知られてきたように鉛に類似で、合金における鉛やカドミウムの代替材料、散弾や釣り用のおもりなどとして用いられます。カドミウム、錫、鉛、インジウムなど他の金属との合金の融点はビスマスの融点より更に低く、例えばウッド合金(Bi50%,Pb24%,Sn14%,Cd12%;融点70℃)は、はんだ・ヒューズ・消火栓などに使われます。また、ビスマスは大きな熱電効果を示すので、特にテルルとの合金は熱電変換素子としても使われますし、銅酸化物系高温超伝導体の成分としても知られています。

医薬品としては、皮膚や粘膜と結合して不溶性の被膜を形成し、局所組織を収縮させる作用(収斂しゅうれん作用)があるので、分泌の抑制、止血、消炎鎮痛に効果があります。そこで、例えば、炎症を起こした腸粘膜のへ刺激緩和効果を期待して酸化ビスマス(Ⅲ)、次没食子じもつしょくし酸ビスマス、次硝酸ビスマス、次サリチル酸ビスマス、炭酸酸化ビスマスのように整腸剤として使われるものが複数あり、医薬品原料として日本薬局方に収載されているものがあります。

 

参考文献:
“De Re Metallica,Translated from the First Latin Edition of 1556″,H.Hoover,L.Hoover(Dover Pub.Inc.,1950)
「元素発見の歴史1」M.ウィークス・H.レスター著,大沼正則監訳(朝倉書店,1990年)
「【新】校本宮澤賢治全集 第二巻・詩Ⅰ本文篇」宮沢賢治著(筑摩書房,1995年)
「独日英科学用語語源辞典・ラテン語篇」大槻真一郎著(同学社,1997年)
「元素大百科事典」渡辺 正監訳(朝倉書店,2008年)
「元素の名前辞典」江頭和宏著(九州大学出版会,2017年)
「元素118の新知識」桜井 弘著(講談社,2017年)

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園部利彦

2017年まで岐阜県の高校教諭(化学)。2019年に名古屋工業大学「科学史」,2020年に名古屋経済大学「生活の中の科学」,2022年,2023年に愛知県立大学「教養のための科学」を担当。趣味は鉱山の旅とフランス語。