ヘム鉄とは
前回のブログでは、食品中にはヘム鉄と非ヘム鉄があることを述べたが、ヘム鉄について詳しい説明をしていない。そこで今回は、主に体内での機能からヘム鉄について述べることとする。
ヘム鉄とはポルフィリンと二価鉄の錯体と説明されるが、ポルフィリンは図に示す構造式の赤い線で囲った部分ポルフィンに側鎖のついた物質である。ポルフィリンは金属イオンと安定した錯体を作る物質で、鉄の他にはマグネシウムの錯体を含む葉緑素、コバルトの錯体を含むビタミンB12がある。
タンパク質にはヘム鉄を含むものがあり、その一つが赤血球中のヘモグロビンである。身体(食品)の中には、ヘモグロビンの他にヘム鉄を含むたんぱく質(ヘムタンパク質)が何種類か含まれている。
酸素を保持するヘムたんぱく質:ヘモグロビンとミオグロビン
ヘモグロビンが酸素を運ぶタンパク質であることはよく知られている。これはヘモグロビンが酸素と親和性が高く、酸素と保持する力が強いからである。筋肉にはヘムタンパク質ミオグロビンが含まれているが、これはヘモグロビンよりさらに酸素との親和性が高い。このミオグロビンは、エネルギーを多く使う筋肉で酸素の貯蔵の役割を果たしている。ミオグロビンは肉や魚の色と関係の深い成分である。肉の赤みがかった色はミオグロビンによるものであり、亜硝酸と反応させてニトロソミオクロモーゲンにするとハム・ソーセージなどを安定したピンク色に保つことができる。また、黒くみえる魚の血合肉は白い部分よりミオグロビンが多く含まれる。
なお、ヘモグロビンもミオグロビンも酸素を保持するだけで、酸素と他の物質との反応には働いていない。
酸素と直接反応しない栄養素の代謝
生きるためのエネルギーを得るために栄養素を燃やしていること、栄養素の燃焼に必要な酸素を得るために呼吸していることは誰でも知っている。だから、細胞の中でも栄養素に含まれる炭素と水素が酸素と反応して二酸化炭素と水ができるのだろうと考えていた。大学時代に生化学で栄養素の代謝経路を学んだ。そこで、グルコース(ブドウ糖)は二つに分かれてアセチルCoA(酢酸にCoA(補酵素A)が結合したもの)に、脂肪酸は炭素鎖が二つずつ切り離されてアセチルCoAになること、アセチルCoAはオギサロ酢酸と結合してクエン酸になった後クエン酸サイクルで分解されることを知った。その時、これらの代謝変化には酸素分子がどこにも出てこないことに気づいた。
栄養素の代謝が酸素分子抜きで進んでいる過程をクエン酸サイクルの一部を例に図にそって説明することにする。
まず、図上の左のcis-アコニット酸に水が付加してイソクエン酸になる。ついで、イソクエン酸の下の炭素にある水素と水酸基の水素が除かれてオキサロコハク酸になる。この時、除かれた水素はNAD+に受け取られてNADHとH+となる。オキサロコハク酸からはCO2が除かれてα-ケトグルタル酸になる。この反応系列をみると、CO2はできるが、水素はNAD+に移されるだけで酸素と反応して水になるわけでない。では、NAD+に移された水素はどこで酸素と反応して水になるのだろうか。
細胞内「呼吸」の場、ミトコンドリア
細胞の中には、膜で囲まれた小器官が何種類もあるが、その一つがミトコンドリアである。細胞の模式図に示したが、ミトコンドリアは核に比べると点程度の大きさなので、構造がわかるように拡大して示している。ミトコンドリアは2層の膜に囲まれた構造で、内膜には襞(ひだ)がある。上述のクエン酸サイクルはミトコンドリアの中で進み、生成したNADHの水素は内膜上で酸素と反応して水になると同時に、細胞内のエネルギー源となるATPが作られる。このように、ミトコンドリアでは酸素を使って細胞に必要なエネルギーを作るので、細胞内「呼吸」の場と言われる。
酸素を使って水分子を作るヘムたんぱく質シトクロームC
水素分子と酸素分子が直接反応すると、福島第一原子力発電所の水素爆発のようにエネルギーが瞬時に放出されてしまう。ミトコンドリアには、水素が酸素と反応するまでの間にエネルギーを少しずつ取り出す呼吸鎖と呼ばれる仕組みが備わっている。
呼吸鎖ではNADH等の還元物質の持つ電子を伝達していく間に、水素イオンがミトコンドリア内膜の内から外へ移動するので、膜の内側はマイナス、外側はプラスに荷電した状態になる。この膜内外の電位差として貯まったエネルギーを使ってADPとリン酸からATPが作られる。
この呼吸鎖で最後に電子を酸素に渡しながら水素イオンと反応させて水を生成させるのが、ヘムたんぱく質シトクロームCである。
ところで、持久的運動は有酸素運動といわれるように、酸素を使ってエネルギー源のATPを産生している。上述のように、細胞内で酸素を使ってATPを産生するのはミトコンドリアなので、筋肉の中で持久的な運動に適した赤筋は酸素を多く利用できるようにミトコンドリアが多い。シトクロームCもヘモグロビンと同じように赤色なので、赤筋の色はミトコンドリアに含まれるシトクロームCによるものである。
生体異物を代謝するヘムたんぱく質シトクロームP450
模式図に示してある小胞体は、アミノ酸からたんぱく質を合成する場であることはよく知られている。小胞体にはヘムたんぱく質シトクロームP450がある。このヘムたんぱく質は450nmの光を吸収する性質からこのように名付けられている。
シトクロームP450の機能は見つかった頃分かっていなかったが、麻酔薬のフェノバルビタールをラットに与えると肝臓のシトクロームP450増加することからその機能が分かってきた。シトクロームP450は、酸素を使って薬や環境汚染物質など自然界にない(脂溶性)物質を水酸化する機能を持ったたんぱく質である。
ここまで体内の鉄の役割をヘム鉄に限って説明してきた。しかし、クエン酸サイクルの図に示したようにアコニット酸からイソクエン酸、オギサロコハク酸への反応にFe2+が必要であり、無機鉄イオンとして機能することも忘れてはならない。
なお、呼吸鎖の記述は分かりやすさを優先し、できるかぎり短くなるように述べたので、省略しすぎたところ、表現の不正確さがあることをお許し願いたい。正確な知識が必要な方は参考書をご覧ください。
ヘム鉄が多く、鉄の補給に適した肉
これまで述べてきたヘムたんぱく質の中で、シトクロームCは動物だけでなく植物や単細胞生物まで広く分布するたんぱく質である。しかし、植物細胞のシトクロームC濃度は、液胞があってミトコンドリアを含む細胞質の割合が少ないため動物細胞に比べて低い。動物細胞の中で筋肉細胞はミオグロビンを含む上、シトクロームCを含むミトコンドリアが多いことも加わってヘム鉄が多い。
言いかえれば、肉(筋肉)はヘム鉄を多く含む食品である。ヘム鉄は非ヘム鉄より吸収がよい上、肉は非ヘム鉄の吸収を促進するたんぱく質も多い。肉が鉄の補給に適しているのは、このような特徴を持った食品だからである。
参考書等
上代淑人監訳(2002)『ハーパー・生化学 25版』
中村桂子・松原謙一監訳(2017)『細胞の分子生物学』
馬路 泰藏
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