貴ガスは仙人のような元素か?
図1:私の仙人のイメージ。俗世的な常識にとらわれない無欲な人(三省堂 大辞林)。イラストはphoto ac |
貴ガスのほとんどが大気から見つかった
おとなしい=ほかの元素と反応しにくい。ということは、ほかの元素と結合して化合物となって、岩石内に潜むことはありません。この性質のために貴ガスは、逃げも隠れもできない元素として、大気中にフラフラと存在しています。ですから、その発見の歴史は、大気の成分を分ける歴史でした(ヘリウムと、放射性をもつラドンだけは例外なので、後ほど別に紹介します)。
ただ量が少ないので、その存在を捉えるのは簡単ではありませんでした。そもそも大気の成分は、体積比にして78%が窒素ガス(窒素分子、N2)、21%が酸素ガス(酸素分子、O2)です。つまり、大気の99%がこの2つの気体で占められています。3番目に多いのが、貴ガスのアルゴンで0.93%。ということはほかの気体は合わせても0.07%にしかなりません。大気中の窒素ガスが発見されたのが1772年。希ガスの初めての発見は1894年ですから、およそ120年間、大気中に身を潜ませていたということになります。
まず1894年に最も量の多い貴ガス アルゴンが、レイリー卿とウィリアム・ラムゼーによって発見されました。発見のきっかけは、大気から抽出した窒素ガスが、アンモニアなどの化合物を分解して得られた窒素ガスよりもほんのわずか密度が大きいことに、レイリー卿が気付いたことでした。こうして大気から抽出した窒素ガスにはほかの気体が混ざっていることが突き止められ、アルゴンが分離されました。得られた気体のアルゴンは、分光学的にこれまでに知られていない元素であることが確認されました。希ガスの場合、ほかの元素と反応しないので、分光学的な判定方法でしか確かめることができません。
その後、1898年5月にクリプトン、続く6月にネオン、7月にはキセノンが、ウィリアム・ラムゼーとモーリス・ウィリアム・トラバースの共同研究によって次々に大気から抽出されました。ちなみに、これらの貴ガスは今も工業的に大気から抽出されています。ただ、それを主目的にしては採算が取れないので、大気から窒素や酸素を抽出する際の副産物として取り出されています。
残るヘリウムとラドンはどのように発見されたのでしょうか。ヘリウムは第十四回で紹介しましたが、1868年の皆既日食の際に、太陽のプロミネンスを分光器で観察したところ新しいスペクトル線が発見され、これが「太陽に地球では知られていない物質が存在する証」とされました。太陽で発見されたことから、ギリシャ語の太陽「helios(ヘリオス)」にちなんでヘリウムと名付けられました。地上での発見は、1895年にウィリアム・ラムゼーがウラン鉱の一種であるクレーブ鉱から分離したことによります。ウィリアム・ラムゼーは6つある貴ガスのうち実に5つの発見に関与しています。こんなことがあるのも、貴ガスの性質が似ていていずれも主に大気中に存在している上に、ウィリアム・ラムゼーが大気の研究を根気強く続けたからです。
ラドンは1900年に、ラジウムが崩壊してできる気体としてフレデリック・ドーンによって発見されました。多くの同位体が知られていますが、放射性があって寿命が長いものでも半減期は3.8日です。生活の中のラドンといえば、スーパー銭湯などにある「ラドンの湯」くらいでしょうか。ラドンが少量お湯に溶け込んでいます。
ラドンは地中のウラン(U)やトリウム(Th)の崩壊でも発生します。その量が結構多いことから、国や地域によってはラドンが家の床下にたまるのを心配している人たちがいます。「海外移住とラドン濃度の世界地図」を見ると自分たちの地域のラドン濃度を知ることができ、世界にはラドンに生活を脅かされている人たちがいるのが分かります。なお日本では、ラドン濃度が高くて健康被害が出るようなことはなさそうです。
こうして貴ガス発見の歴史を振り返ると、大気から分け取るのはたいへんだったようですし、ほかの元素と反応しないのでその存在確認も容易ではなかったようです。それは仙人を探すために山に分け入り、やっと出会ったという感じでしょうか。そしてその名称も、ネオンが“新しい”、アルゴンが“怠け者”、クリプトンが“隠れた”、キセノンが“不思議な”をそれぞれ意味するギリシャ語に由来しており、どれも仙人元素のイメージとして悪くありません。
ところが、その活躍の場を知ると(写真1)、これは単に仙人ではなさそうだ・・・と思い始めました。ずいぶん長くなったので、貴ガスの用途については次回にいたしましょう。
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【参考資料】
写真1に関する出典元
・Helium :Pslawinskiによる”Image of a helium filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol.” ライセンスは CC BY-SA 2.5
・Neon :Pslawinskiによる”Image of a neon filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol “Ne”. Example of neon lighting. The letter “N” is about 75 cm tall.” ライセンスは CC BY-SA 2.5
・Argon :Pslawinskiによる”Image of an argon filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol.” ライセンスは CC BY-SA 2.5
・Krypton :Pslawinskiによる”Image of a krypton filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol.” ライセンスは CC BY-SA 2.5
・Xenon :Pslawinskiによる”Image of a xenon filled discharge tube shaped like the element’s atomic symbol.” ライセンスは CC BY-SA 2.5
①『元素の事典』朝倉書店、2011年
②『元素発見の歴史3』朝倉書店、1998年
③『元素の発明発見物語』国土社、1985年
④『世界で一番美しい元素図鑑』創元社、2015年
⑤光源Lamp(裳華房mホームページ):https://www.shokabo.co.jp/sp_opt/familiar/lamp/lamp.htm
⑥ネオン Neon -街を彩るネオンサイン(Chem-Station):
https://www.chem-station.com/elements/elements-all/2016/06/neon.html
⑦レアガスの世界(東京ガスケミカル株式会社):http://www.tgc.jp/raregas/index.html
⑧エキシマレーザとは(ギガフォトン株式会社):https://www.gigaphoton.com/ja/technology/laser/what-is-an-excimer-laser
⑨UVレーザー特集 第1回(構造と特徴)(レーザー・コンシェルジェ株式会社):
http://www.laser-concierge.com/feature/feature05.php
⑩はや2くん質問箱 「イオンエンジン」の燃料は、なぜキセノン?:
https://mainichi.jp/articles/20180903/org/00m/040/011000d
⑪プラズマテレビの秘密(川崎市先端科学技術副読本):
http://www.keins.city.kawasaki.jp/content/ksw/1/ksw1_022-027.pdf
*ウェブサイトはいずれも2019年4月現在、イラストはphoto acより。
池田亜希子
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