元素記号F、原子番号9番の元素、フッ素。
ハロゲンの中で最も反応性が高く、元素としては最も高い電気陰性度(電子を引き付ける度合い)をもつ。フッ素ガスの単離に初めて成功したのは、フランスの化学者アンリ・モアッサンである。ただし、彼の単離技術が構築されるまでの間に、その強い毒性によって多くの化学者が病や死に至った。英名Florineは蛍石CaF2(fluorite)に由来する。蛍石が製鉄プロセスで鉄を溶かす融剤として使われていたため、その名前も流れを意味するラテン語(fluere)から来ている。
フッ素は冷却すると液体になる。沸点は−188 ℃
Prof B. G. Muellerによる”A tube with liquid fluorine in a cryogenic bath”ライセンスはCC BY-SA3.0(WIKIMEDIA COMMONS)
蛍石は製鋼における融剤のほかに、望遠鏡や写真用望遠レンズに利用される。フッ酸(フッ化水素酸)は50%のフッ化水素HFの水溶液で、金属だけでなくガラスも腐食する。フッ素ガスF2は猛毒であるが、フッ素化剤として多くの反応に用いられる。その代表例はウラン235 (235U) 濃縮のためのフッ化ウラン (UF6) の製造用である。また、フッ素またはフッ化物は様々な物質の表面の性質を機能化させることができる物質で、まさしく表面処理の王様といえる。
フッ素ガス処理によって、たとえば不織布や紙などの撥水性、染色性、印刷性などの機能を向上させたり、プラスチックボトルの強度を著しく向上できたりする。フッ素ガスは有機物のみならず、金属やセラミックスの表面層のみのフッ化物化もできる。
写真はトルエン200 mLを、フッ素処理したポリエチレン製ボトルおよびフッ素処理をしていないポリエチレン製ボトル(内容積は500 mL)の中にそれぞれ入れ、蓋をして室温で保管し、30日経過後の様子である。あわせてグラフは、40日間、同実験における重量測定の変化を示している。40日ほどの経過で、溶媒の10~15%がボトル表面を透過して消失すること、溶媒の減少に伴ってボトル内部が減圧になるためポリエチレンが変形することがわかる。
HDPE容器とフッ素処理容器のトルエン保管による変形の様子
(ボトル本体と外蓋:高密度ポリエチレンHDPE、内蓋:低密度ポリエチレンLDPE)
フッ素処理容器の断面モデル
写真および図面の提供協力:高松帝酸株式会社
フッ素ガス表面処理技術『フロロバリアー容器』
フッ素コート(テフロンコート)のフライパンや鍋はだれもが知っているだろう。熱、酸やアルカリに強く、日常の調理器具にも広く使われ、フッ素コートの鍋は焦げ付きにくくわずかな油で調理できるので重宝する。さきほどのボトルのフッ素処理は、まさしくポリエチレンPEやポリプロピレンPPの表面層がテフロン(ポリテトラフルオロエチレン、PTFE)のように変化した結果である。
有機フッ素化合物はテフロンのほかに、フロンとして長く冷媒やスプレー剤、半導体洗浄剤などとして使われてきたが、オゾン層を破壊することがわかってからは製造、利用が禁止されている。
実験1 フッ素ガスの激しい反応
フッ素ガスは激しい反応性や酸化性を示す。すべての元素の中で最も反応性が高いといってもいいだろう。フッ素ガスは大変危険であるので、実験者が暴露しないよう気を付ける必要がある。フッ素ガスをさまざまな物質に吹きかけると、強い酸化力であっという間に反応する。たとえば、スチールウール、木炭、木綿などは一瞬で燃え、激しい炎と煙がひろがる。単体の要素、硫黄までも酸化して激しい光が発生する。
次のサイトでは、Nottingham大学の研究者たちがフッ素の激しい反応性を動画で紹介している。
The University of Nottingham PERIODIC VIDEOS はここをクリック
実験2 卵で、フッ素入り歯磨き粉の効果を実感!
フッ素入り歯磨きは虫歯の予防によいと聞いたことがあるだろう。日本におけるフッ素配合歯みがき剤のシェアは2016年時点で91%にもなる(ライオン歯科衛生研究所のデータより)。歯磨き粉には、フッ素はフッ化ナトリウムNaFの形で添加されていることがほとんどである。
歯をつくるエナメル質アパタイト(ヒドロキシアパタイト)Ca10(PO4)6(OH)2は結晶性が低いため、そのカルシウムは溶出したり、唾の中にあるカルシウムから析出したり、を繰り返すことがわかっている。フッ素が作用すると、歯のヒドロキシアパタイトの水酸基と置換してフルオロアパタイトCa10(PO4)6F2をつくる。フルオロアパタイトはヒロキシアパタイトよりも安定した結晶なため、水や酸に溶けにくく、虫歯予防につながる。酸などによって歯から溶け出したカルシウムイオンもフッ素があれば、酸に強い丈夫な結晶に、つまりもとの歯に戻す「再石灰化」を促してくれるしくみだ。
フッ素入り歯磨を卵の殻に塗ると、卵の殻も酸に溶けにくくなることを実験してみよう。生卵の半分にフッ素入り歯磨きのペーストを一様に塗って、ペーパータオルでつつみ、6時間ほど放置する。そのあと、歯磨きをふき取って、透明なコップに入れた酢に浸して観察する。動画のように、歯磨きを塗らなかった方から、気泡が発生し卵の殻が酢に溶けていく様子を観察できる。
フッ素入り歯磨きにより、卵の殻も、歯と同じように、酢にとけにくくなることが実感できる。
動画協力:公益財団法人ライオン歯科衛生研究所
実験3 フッ化水素酸による材料の組成分析
組成がわからない材料の元素の組成を知るためには、基本的には材料サンプルの完全溶解が求められる。いったん水溶液にしてしまえば、ICP(誘導結合プラズマ発光分光)分析によって、各元素の濃度をかなり正確に求められる。
特にケイ素がふくまれるような難溶解性の材料サンプルでは、フッ化水素酸(フッ化水素HFの水溶液)が効果的だ。ただし、フッ化水素酸を用いて溶解実験をする際には、必ずテフロン容器を用いること、ディスポーザブルのポリ手袋を着用すること、ドラフトチャンバー内で実施し、絶対に鼻や口から発生する気体を吸引しないこと、が必須である。また、フッ化水素酸はガラスを溶かすため、水溶液の希釈にはポリマー製のメスフラスコとホールピペットを用いる。
またフッ化水素酸を用いたあとは、ホウ酸HBO3による残留HFのマスキングが必要となる。残留するHFがICP機器の経路に使われているガラスや金属を腐食するからである。また、ホウ酸マスキングをすると、溶液中のフリーのフッ化物イオンを補足するだけでなく、沈殿したフッ化化合物を再溶解させることができる。
参考文献:
公益財団法人ライオン歯科衛生研究所
(https://www.lion-dent-health.or.jp/study/statistics/dmft.htm)
(https://www.lion-dent-health.or.jp/hamigakids/research/experiment_01/)
立野仁志*フッ素ガス処理による高機能化技術一 機能紙研究会誌No45、p.61-66平成18(2006)年11月
松本健、解説 難溶解性物質の分解法 – 日本分析化学会、ぶんせき、2002 2 p.60-66
Multiwave GO HFを用いた全分解とフッ化物のマスキング
(http://www.nskw.co.jp/analytical/product/antonpaar/doc/c93ia005en_a.pdf)
高松帝酸株式会社 フロロバリアー技術・容器(http://www.takatei.co.jp/business/fluorine/barrier)
ダイキンフッ素塾
http://www.daikin.co.jp/chm/e-juku/index.html#!/j_c_1_1
“Fluorine Reactions“created by video journalist Brady Haran working with chemists at The University of Nottingham(https://www.youtube.com/watch?v=V1FsO5zaf6M)
山﨑 友紀
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