元素記号Hg、原子番号80番の元素、水銀。
密度は13.6 g/cm3と鉛よりも重い金属だ。鉄球や硬貨は簡単に水銀に浮かぶことになる。英名mercuryは、惑星水星と同じくローマ神話に登場する俊足な商売の神メルクリウス(Mercurius)に由来する。和名(中国語名)は水のように流動性がある銀にちなんでいる。常温(25℃)で液体の金属は水銀だけ。水銀は他の金属との合金でアマルガム(ギリシャ語の「やわらかいかたまり」を意味するmalagmaに語源がある)をつくる。水銀は他の金属に比べて密度が大きく、ほとんど熱膨張しない金属。
液状の水銀に硬貨が浮かぶ様子
Albyによる”A pound coin floating in mercury due to its lower density according to Archimedes’ Principle (coin density=7.5g/cm³ vs density of Hg=13.6g/cm³)”ライセンスはCC BY-SA 3.0による(WIKIMEDIA COMMONS)
辰砂の空気加熱 により水銀を得る反応式: HgS+ O2 → Hg + SO2
辰砂
JJ Harrison による”Cinnabar on Dolomite”ライセンスはCC BY-SA 3.0による(WIKIMEDIA COMMONS)
アマルガムと水銀の毒性
水銀は、金の採掘や金メッキを施すために大量にアマルガムとして利用されてきた。歯科充填剤もアマルガムの利用のひとつだ。歴史的建造物における水銀の大量利用としては、神社の鳥居や朱門での赤い顔料としての辰砂利用と、奈良時代に建設された東大寺の廬舎那仏(奈良の大仏様)の金メッキであろう。
金色の仏像をつくるため、まずは金と水銀を1:5の比率で混合したアマルガムが銅の大仏の表面に塗布された。そのあと加熱により水銀を蒸発させ金メッキが完成した。当時なぞの疫病による健康被害や死者が続出したのも水銀が原因と考えられている。水銀の毒性は有名であるが、無機水銀では水銀単体の蒸気や塩化第二水銀に強い中毒性があり、有機水銀では水俣病で知られるアルキル水銀(メチル水銀など)が神経中毒を冒す強い毒性がある。
生活の中の水銀
水銀は、計器(気圧計、血圧計など)、殺菌剤、農薬、触媒、塗料、化粧品、など多くの分野で利用されている。海外の美白化粧品の中には、漂白作用が強いとして水銀が高濃度で配合されていることもあるので注意が必要だ。昨今、世界的に水銀の毒性が一層懸念されるようになっており、我が国では水銀に関する水俣条約が2017年8月16日に発効された。自治体による水銀体温計や血圧計の回収による既存の水銀を含む製品の回収や、水銀の利用低減が確実に進んでいる。
自治体による回収が推奨されている水銀体温計
Menchi による”A medical/clinical thermometer showing the temperature of 38.7 °C”ライセンスはCC BY-SA 3.0(WIKIMEDIA COMMONS)
日本では水銀法による水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)製造プロセスが、エネルギーコストや製品の純度の点で優れるため、1986年に廃止されるまで利用されていた。また、平成7年まで腐食防止のために乾電池にも水銀が利用されていた。蛍光灯は今もその発光の原理上微量でも水銀の利用が不可欠であるが、1980年ごろの蛍光灯の平均水銀封入量50 mgが、2007年には約 7 mg まで削減され、水銀利用量は年々少なくなっている。
実験1 水銀を用いた大気圧測定
「トリチェリの実験」を知っているだろうか。地球は100 kmの大気の層で覆われ、地表には空気の重さに相当する圧力がかかっている。この大気の圧力を実験で証明したのがイタリアのエヴァンジェリスタ・トリチェリだ。当時高価だった水銀を長いガラス管に水銀を満たし、逆さにすると、ガラス管内の水銀の質量による圧力と大気圧がつりあって水銀が76 cmの高さで止まることを示した。つまり760 mmHg(ミリメートル水銀)=1気圧ということになる。
気圧の大きさに応じて水銀柱の高さが変動するのはもちろん、管の太さを変えても、管を斜めにしても地上では76 cmになる。大気圧を正確に計るには、フォルタン水銀圧計(写真)と呼ばれるものがある。ガラス中空管に水銀が満たされている。一方の下端は開放され水銀浴に入っている。ガラス管の上部端は閉じられているため上部は真空(トリチェリの真空)になり、大気圧に応じて水銀柱の高さが変動する。まさにトリチェリの実験の原理を応用したものだ。
フォルタン水銀圧計(写真提供:株式会社安藤計器製工所)
実験2 水銀圧入法による多孔性材料の細孔の評価
活性炭やゼオライトといった物質には細孔(μmやnmオーダーの小さな孔)がたくさん存在する。この細孔の数や大きさによって、湿気や臭気の吸着作用、触媒能力などが違ってくる。
物質中の細孔の径と容積の関係を測定することができる装置に水銀ポロシメーター(写真)がある。その原理は、真空状態にした試料に水銀を圧力で細孔に入れていき、かけた圧力と細孔に侵入した水銀の容積を測ることで図のような細孔径分布を得ることができるというわけだ。 水銀を使う理由は、他の液体と違って材料の孔に出入りするだけで材料表面を濡らさず繰り返し使える性質があるということ、気体吸着法などの他の手法に比べ、測定できる孔径の幅が広いことにある。
(左)水銀ポロシメーター (右)水銀ポロシメーターによる二つのコンクリートの細孔径分布。サンプルBはサンプルAと比べ炭酸化反応が進んでいるコンクリート。
(写真およびデータの出典:株式会社太平洋コンサルタントHP)
計算式は、図のように孔を円柱にみたて、表面張力γで接触角θの液体(ここでは水銀)が入ると、表面張力によって液体を押し出す方向に働く力-2π r γ cos θ が発生する。この力に対して液体を押し込む方向に加わる力πr2p が等しくなることを使う。これより、r p =-2 γ cos θという関係式(Washburn の式)が得られる。水銀の接触角θは140°なので加えた圧力pから細孔径を計算できる。
水銀圧入法におけるWashburn の式の導入図
実験3 アルミニウムアマルガムの実験
アルミニウム板に水銀(Ⅱ)イオンを含む水溶液を滴下すると、アルミニウムが水銀よりも高いイオン化傾向を有するために、水銀(Ⅱ)イオンは還元されて金属の水銀となる(アルミニウムの板に塩酸を垂らして軽く拭ったあとに、金属の水銀を1滴垂らす方法でも可能)。その水銀と金属アルミニウムが反応し、アルミニウムアマルガムが形成される。さらにアルミニウムアマルガムに含まれるアルミニウムは、空気中の酸素によって容易に酸化されるため、酸化アルミニウムが生成する。長い繊維状の酸化アルミニウムが徐々に形成されるため、写真のような大きな柱のようになることもある。WEB上ではこの実験を定点観測して、時間を速めた画像が多く投稿されている。
アルミニウムアマルガムから酸化アルミニウムが成長した様子
(写真提供:株式会社第一学習社「スクエア最新図説化学」転載禁止)
酸化アルミニウム成長の様子を撮影した動画はこちら↓です。(1分24秒あたりからになります)
Aluminum and Mercury (動画提供協力:NileRed)
参考文献
水銀の基礎知識、日本インスツルメンツ株式会社:
https://www.hg-nic.com/mercury/hg/index.html
iElement/水銀:http://www.ielement.org/hg.html
環境省/保健・化学物質対策/水俣条約について/我が国の水銀対策:https://www.env.go.jp/chemi/tmms/pr-m/mat01/ja_06.pdf
嶋澤るみ子、「人類は水銀をどのように利用してきたのか 一 科学史における水銀の役割一」化学と教育 53 巻 3 号p.148-150(2005 年)
東京都鍍金工業組合/奈良の大仏と表面処理:http://www.tmk.or.jp/history_06.html
株式会社太平洋コンサルタントのホームページ/水銀圧入ポロシメーター(MIP):http://www.taiheiyo-c.co.jp/business/business05/business0508/
佐野博敏・花房昭静監修、「二訂版 スクエア 最新図説化学」第一学習社、p.171 アルミニウムアマルガムの生成とアルミニウムの酸化
山﨑 友紀
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