皆さんこんにちは。
今回はかなりマニアックな話です。覚悟して読んでください。
化学結合には、イオン結合とか金属結合とか共有結合があると高校で習った方も多いでしょう。特に共有結合は化学でも最も重要な概念の一つですが、なぜ原子と原子がこの非常に強い結合力で結ばれているのかということは歴史的に見ても多くの学者が取り組んできた研究テーマでした。結局のところ原子がバラバラでいるときよりも結合した方がエネルギーが下がるから結合すると考えればいいと思います。
一般に共有結合 では、原子の種類によって「最もエネルギーが下がる」距離は決まっています。炭素同士の結合では1.54Å(1Å=10-10 m)というのが業界の常識です。ただ、分子構造上の制約などからこれより長くなることもしばしばあります。
炭素同士の結合を長くする試み
これまでにも多くの化学者が長い炭素間の結合を作ろうとしてきました。その試みの一つが図1のように、2つの炭素に大きな原子団を多数結合させることです。この手法で炭素原子間の距離が1.7Å程度の化合物は作られてきました。しかしあまり大きな原子団を結合させようとすると肝心の炭素間結合が切れてしまうのでした。
図1 炭素に大きな原子団をつけてC-C間を伸ばす試み
新たに作られた化合物
ごく最近、北海道大学の石垣侑祐先生と鈴木孝紀先生らのグループは、コアシェルと名付けられた手法によって1.8Åを超える世界最長の炭素間結合を実現しました [1]。これ は図2の構造を持つ炭素と水素からなる化合物で、C-C部分のコアを堅い殻(シェル)の中にうまく取り込んで長い結合を安定に存在させようとする策だそうです。
彼らは図2に示す化合物を合成し、この化合物中の赤線で示す結合がきわめて長いにもかかわらず化合物が非常に安定であることを示しました。摂氏400度に加熱しても 400K(摂氏127度)に加熱しても※1、また常温で100日保存しても化合物は変化しなかったそうです。
図3には、X線を用いて調べた構造の図を載せました。左側が200K(-73℃)、右側が400K(127℃)の時の構造です。ほとんど見た目には変化がありませんが、200Kでは問題の部分のC-C結合距離は1.798±0.002Å、400Kでは1.806±0.002Åとなっています。
図2 新たに合成された長いC-C距離(赤線)を含む化合物
(二つのジベンゾシクロヘプタトリエン骨格を持つ)
図3 X線を用いて調べた化合物の構造(左 200K、右 400K)。(原子を表す楕円体の中に原子が存在する確率が50%として描写してあります)
なお、図3で400Kのときと200Kの時では見た目は問題の部分のC-C間距離の違いはほとんど分かりませんが、各原子の大きさが違うことはおわかりでしょう。実はどんな化合物中でも各原子の位置は多少動いており、X線を使うと固体中で原子がどの程度の範囲で動いているかも分かるのです。温度が高いと原子がより広い範囲で動くことをこの図は表しています。従って原子間の距離は平均値ということになります。
超結合?
これまでに研究された論文では、理論的に1.8Å を超える炭素間距離は無理であるという指摘もなされてきました。図4に示すように原子間距離がある程度以上の長さになると切れてしまうのですが、今回特別な仕掛けを作ったために単結合が切れかけた特別の状態を保つことができ、このような状態を著者らは超結合と名付けています[2]。
図4 共有結合が伸ばされていく時のイメージ
今回の研究は、ほとんど切れかけの結合をコアシェル構造を利用して長期間保持することに成功したもので、これまでにない結合状態ということができるでしょう。このような状態を利用すれば新たな化学反応や、新たな応用が考えられるかもしれません。
それではまた次回お会いしましょう。
※1 2018年10月16日 訂正
参考資料:
[1] 私自身は米国と英国の化学会のニュースでこの研究を知ったのですが、すでにこの成果は非常に多くの雑誌やメディアに取り上げられているとのことです。https://wwwchem.sci.hokudai.ac.jp/~org1/
オリジナル論文はIshigaki, Y., Shimajiri, T., Takeda, T., Katoono, R. & Suzuki, T., Chem 4, 795–806 (2018). https://www.cell.com/chem/fulltext/S2451-9294(18)30033-0
[2] 石垣侑祐、現代化学8月号(2018)、東京化学同人
坪村太郎
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